HAPPY GO LUCKY





 空は高かった。そろそろ秋が近づいてもいい頃。しかし残暑は相変わらず厳しい。

 龍麻はシャツを羽織ると、留守電のスイッチを入れた。機械音がメッセージを告げる。

「さて、と」

 腕時計をはめ、玄関で靴を履く。

 出かけようとドアを開けたとき、

「うわっ!」

 どでかい声とぶつかった。

「わっ!」

 慌てて声を出す。それから目の前の人物をまじまじと見た。

「…醍醐??」

 立っていたのは醍醐だった。目を丸くしてこちらを見ている。

「す、すまん。龍麻。怪我はないか?」

「それは平気だけど…何やってんだ?」

 聞き返すと、顔が困ったように顰められた。それから口元に手を当てる。

「出かけるのか?」

「うん。京一と逢うから」

 すると納得したように小さく唸った。この様子から判断すると、京一の家に先に行ったようだ。

「何、何か相談事?」

 龍麻が聞くと、いきなりボンと顔が赤くなった。どうやら図星らしい。

「ふーん」

「な、何だ、龍麻。俺はまだ何も言ってないぞ」

「まぁそれはいいから」

 わたわたと言い訳する醍醐を見つつ、腕をがっしと取る。

「とにかく俺と一緒に来なさい」

「ま、待て龍麻!」

 呼び止めるのも聞かず、巨体をずるずると引きずる。そのまま待ち合わせ場所まで連れていった。



 新宿

 南口の広場で、京一は呑気に大画面を眺めていた。ヘッドフォンステレオで好きな流行の曲を聴く。

「そろそろだよなぁ…」

 腕時計に目をやったそのとき、

「京一〜」

 聞き慣れた声がする。

「お、ひーちゃ…あ?」

 顔を上げた瞬間、目を点にした。龍麻が近づいてくる。それはいいのだが、何故か醍醐を連れていた。

「何やってんだぁ?」

 ヘッドフォンを外し、二人に近づく。

「どしたよ、醍醐」

「あ、あぁ…京一」

「相談事」

 龍麻があっさりと理由を言った。

「俺の家に来たんだよ。その前には京一の家に行ったみたいだな」

「へぇ」

 京一は両手を腰に当て、顔を覗き込んだ。

「なーに素頓狂な顔してんだよ、大将」

「お、俺は別にそういう顔は…」

「はいはーい判った判った」

 二人を諫め、龍麻はにっこりと笑う。それからずいとビルを指差した。

「立ち話も何だし、座って美味い紅茶でも飲みながら話を聞きませう」



 カジュアルな服装のカップル、買い物途中の女性客。テーブルでは会話が様々な声で跳ねている。

 ガラスの向こうでは薄青の空気。

「…で、何でしょうか」

 龍麻はアイスティーを啜りながら聞いた。

「うむ…実はな…」

 醍醐は周りの雰囲気を気にしつつ話し出す。

「女性への贈り物は何が喜ばれるかと…」

「女?」

 京一は眼を丸くして聞き返した。

「何だよいきなり女って」

 わくわくしながら聞こうとするのを、龍麻は制する。後頭部に掌ひとつ。

「普通は小さくて高い物が好まれるねー」

 イヤリング・ピアス・ネックレス・ブレスレットなどなど。女性は大抵着飾る物が好きである。

「でも小蒔はそういうの付けねぇだろ」

 京一のあっさりした一言に、醍醐は椅子からずり落ちそうになった。

「ききききき京一、何で桜井だと…」

「他に誰がいるのさ」

 疲れたように龍麻は呟く。というかそれ以外の女性ならむしろ大事件。

「小蒔は男女だからなー、女物には無縁だろ」

「ボーイッシュと言ってやれ。ここで白虎変起こされても困る」

 ストローを揺らしつつ、醍醐を見る。

「…んで。なーんでまたプレゼント?」

 誕生日は春だと聞いた。他に思いつく理由がない。

「…桜井には…一番迷惑かけたからな」

 白虎として目覚めた自分。佐久間を手にかけ、引き裂いた。この、自分の〈力〉で。迷い苦しんだ自分を引っ張り上げてくれたのは、彼女だった。光に、なってくれた。

「俺らも迷惑被ったよな」

「いや勿論、お前らにも感謝してるよ。何度謝っても…」

 慌てて言い募ろうとするのを、

「あーあー判った判った」

 京一は両手で制した。口にストローを銜えたまま、

「要はお詫びの品ってなわけだ」

 不満げに呟く。

「何か、まずいか?」

「まずいっちゃ言わねぇけどなー…」

 ストローを口から離し、

「お詫びってのが、何つーか…ひっかかるっつーか」

 グラスにひょいと立てる。

「んー…京一の言いたいことは何となく判る」

 龍麻は頷きつつ、醍醐を指差す。

「でも醍醐だから、それくらいの言い訳許してやんなよ」

「な、何だ言い訳って」

「醍醐さー、桜井のこと好きだろ?」

 バスッと直球ストレート。その言葉に、醍醐は言葉を無くす。口はあんぐりと開けたまま。

「好きな人に何かプレゼントしたいってのは、普通だと思うのさね」

「そう、そうなんだよ」

 京一は腕組みをして同意した。

「せっかくのプレゼントで詫びだのすまないだの入れたら、何か勿体なくねぇ?」

 第一貰う相手だって恐縮してしまうだろう。相手の気持ちも何となくだが判るだけに、少し気の毒に思える。

「そういうものなのか?」

 醍醐は首を傾げる。

「逆に、桜井から〈醍醐くん、迷惑かけてごめんねっ!〉って物貰ったらどう思うよ」

「桜井は何も迷惑かけるようなことしてないさ。俺が…」

 そこで言葉を切った。彼らが何を言いたいのか朧気ながら見える。

「…そういう、ことか…」

「そっ」

 京一はズズズとジンジャエールを飲み干す。

「でもよぉ…あいつが欲しい物って俺知らねぇぞ」

「俺も…」

 龍麻は言いかけてはたと何かを思いつく。

「そういや時計が壊れたって言ってたような気がするなぁ…」

「目覚まし?」

「腕時計」

 京一はパッと明るい顔に変わる。

「醍醐、それ行け!腕時計!小蒔喜ぶぞ!」

「あ、あぁ…」

「予算に合う物はあると思うよ。よっぽどのブランド物でもなければね」

 値段の予想をしながら龍麻は説明する。

「そんなに値段の差ってあるのか?」

「安ければその辺で税込千円。高ければ専門ショップで一千万以上」

 京一は呆れたように頭を掻く。

「そんな馬鹿高い時計買う高校生はいねぇだろうが」

「まぁねー…でも俺の憧れ時計は五千万するよー」

「それひーちゃんが絶対おかしい」

 龍麻は醍醐の方を向くと、

「ショップの案内とある程度の選定はするけど、決めるのは自分でやれよ」

 びしっと指差した。

「な、何で…」

「自分のために、行きそうもない店に入って、必死で選ぶ様がいいの」

 それからにっこりと笑う。

「桜井はその方が喜ぶって」

「そ、うか…」

 醍醐は釈然としない表情ながらも頷いた。

「よし、じゃあ店を教えてくれ」

「ラジャー」





 近場、ということもあったので、新宿駅の駅ビルに入る。時計売場はすぐに見つかった。

「おーあったあった」

 ショーウィンドウに飾られた時計達。デジタルアナログシンプルカラフル。実に様々な種類がある。

「レディースだとこの辺だな」

 醍醐は素直に指差された先を見る。

「へぇ…」

 女性らしいブレスレット風の物から、シンプルな革のベルトまで。予想以上にバラエティに富んでいる。

「これは全部女性物か?」

「そうだよー。文字盤も可愛いのやらかっこいいのやらあるだろ?」

 マークだったりアラビアローマ文字。色も様々。針の形や時計の輪郭。ここまで種類があるとは思わなかった。

「…すごいな」

 驚きの顔そのままに呟く。

「まぁこれくらいあれば、何かひとつは引っかかるんじゃねぇの?」

 龍麻は呑気に答え、反対側のメンズコーナーに回る。京一もその後を追った。

 醍醐はひとりぽつんと残され、ショーケースとにらめっこしている。どれを選んだらいいものやら。見当がつかない。

「困った…」

 呟いて別の場所を見る。そこで目線が止まった。

「あ…」

 金属製のベルト。しかしごてごてしてはいない。すっきりとしたブレスレットのような作り。フレームは丸く、12の部分は文字代わりに石が埋められていた。

 小さな濃いめのピンク。どちらかというと赤に近いかもしれない。

 少し顔を近づける。

「いらっしゃいませ」

 爽やかな女性の声に、ビクッと肩を震わせた。大柄な身体が揺れて、ショーケースにぶつかりそうになる。

「は?あ?」

 素頓狂な声を上げながら見ると、店員のようだった。ウェーブがかった髪に、制服。にっこりとビジネススマイルを向けている。

「何かご希望の品はございますか?」

「あ、あの…いや…」

 何と言えばいいのか判らず、時計と彼女を見比べる。店員はそれで判断したのか、ショーケースの鍵を外した。

 細い手が目的の時計を取り出す。傍のカウンターでトレイを取ると、丁寧に乗せた。

「こちら?」

「あ、えぇ…」

 生返事に、店員はきょとんと首を傾げた。

「違うかしら?」

「あ、いや…その…」

 戸惑いながらも醍醐は言葉を選ぶ。

「…これでいいのか…と…」

 すると彼女はくすくすと笑い出した。

「プレゼントは初めて?」

「は、はい」

「だったら喜ぶと思うわ」

 はっきりとした言葉に、

「そう、ですか?」

 不思議そうに聞き返した。彼女は自信ありげに頷く。

「だってあなた、これを選ぶときとってもいい顔してたもの」

 それから時計を手に取った。

「私だったら惚れ直しちゃうな」

「は、はぁ…」

 恐縮して頭を掻いたとき、

「だーいごー!」

 後ろから龍麻と京一がタックルをかましてきた。思わず前のめりになる。

「な、何だ二人とも!」

「決まった?」

 龍麻はひょいと覗き込む。店員の手にある時計を見て、

「お、いいじゃん」

 一言言った。

「どれどれ」

 京一も同じように見る。

「へーっ、大将こういう趣味かよー」

「あら、ちゃんと応援してくれる人がいるのね?」

 彼女は笑って時計を指差す。

「で、これでいいのかしら?」

「は、はい。お願いします」

「リボンは何色?」

「え…っと…赤で」

「赤ね、判ったわ」

 そう言って反対側のカウンターに移る。入れ替わりに別の店員が出てきた。

「先にお会計、よろしいですか?」

「はい」

 醍醐が代金を支払ってる間、龍麻と京一はその場から離れた。ラッピングをしている店員のところへ行き、何やら話をしている。

 何をやっているのだろうと、つま先立ちで様子を見る。

「400円のお返しです」

 お釣りを渡され、醍醐は体勢を戻した。受け取って財布に入れる。

「おまたせいたしました」

 先程の店員が戻ってきた。小さな手提げ袋を手渡す。

「こちらが商品です」

「ありがとう」

 真面目な顔に、彼女は柔らかく笑いかける。

「うまく行くように祈ってるわ。頑張ってね」

「は?は、はははいっ」

 うわずった声で醍醐は答える。

「醍醐ー!行こうぜ!」

 京一の声に、

「今行く!」

 何とか答え、彼女に一礼した。バタバタと走っていく。

「若いわよねー」

 苦笑混じりの呟きに、

「何が?」

 傍の店員が問いかける。

「いろいろと」

「あぁ」

 二人は意味もなくクスクス笑っていた。





「お前ら何を言ってたんだ?」

 醍醐の問いかけに、

「好きな子のだから可愛くしてねって」

 あっさりと龍麻は言った。

「あのお姉さん美人だったよなー」

 京一はしみじみと呟き、腕を組む。

「優しかったし」

「カードも入れてくれたしな、親切だったよなー」

「あのなぁ…」

 階段を下りきったそのとき、

「あら、龍麻くん?」

 聞き慣れた声がした。三人は一斉にそちらを見る。

「美里?」

 アクセサリー屋の傍に、葵が立っていた。三人を見て、

「こんにちわ、偶然ね」

 笑いかける。

「ホントだな」

 三人は彼女に駆け寄った。

「買い物?」

「そんなところかしら。実は…」

 言いかけたとき、

「あれー?皆?」

 背後からする声に、醍醐はバッと振り向く。

「さ、桜井っ!」

「へ?」

 言われて同じように振り向く。するとそこには小蒔がいた。予想外の出来事に、驚いて目を丸くしている。

「どうしたの?」

 そこで龍麻と京一は同時にポンと手を叩いた。それからバッと葵に向き直る。

「美里ー、5分付き合え!」

 右手は黄龍、左手は剣聖。がしっと握り、その場から走る。

「すぐ戻るから!そこで待っててなー!」

「ちょ、ちょっと!」

 二人が追う間もなく、姿は消えた。

「何なの???」

 小蒔は訳が判らずこめかみを押さえる。醍醐は目頭に指を当てていたが、すぐに深々と息を吐いた。

「あーいーつーらーはー…」

 呟く声はドスがきいている。

「どしたの、あの二人」

「あ、あぁ…いや…」

 声をかけられ、我に返る。それからゆっくりと背筋を伸ばした。

 深呼吸をひとつ。

「…桜井」

「何?」

「…す、すまんが…」

 何と言っていいのか判らない。必死で言葉を募りながら差し出す。

「…え?」

 小さな、先程の紙袋。

「これ…ボクに?」

「何も言わずに受け取ってくれ!その…お前さえ、よければ…」

 僅かに震える大きな手。小蒔は恐る恐る紙袋を受け取る。

「開けていい?」

 頷きが返され、袋を開ける。小さな箱には綺麗なラッピングがされていた。それと一緒に付いている小さなカード。

 取り出して、包装を剥がす。現れた箱を開けると、時計が横たわっていた。

「…腕時計…」

 照明に一瞬反射した石。微妙な濃さの綺麗なピンク。

 二つ折りのカードを開くと、白い花束の写真。そして流れるような筆記体で『only for you』

「醍醐クン」

「あ、あの…すまんな。いきなり…」

 どもりながらの言い訳。俯いた真っ赤な顔。

 小蒔は心の中がふわりと軽くなるように感じた。自分のために、向けられた想い。贈られたもの。

「ひどいよ、醍醐クンってば」

「はっ?」

 醍醐は慌てて顔を上げる。しかし目の前にあったのは、言葉とは反対の表情だった。

 満面の笑み。明るくて、爽やかな。

「何も言うなってさ。御礼ぐらい言わせてよ」

「あ、あぁ…」

 小蒔は時計をはめた。ほっそりとした手首にシルバーが映える。どんな風に選んでくれたのか。自分を想って何を見つめたのか。考えただけで胸が躍る。

「ありがとっ、醍醐クン!」

 文字盤を彼に向けて、ガッツポーズをひとつ。

「大事にするね!」

 醍醐はそこでやっと表情が軟らかくなった。小さく笑い、肩の力を抜く。

「ありがとう…」

 それだけ言うと照れくさそうに鼻をこすった。





「おし、うまくいったな」

 影で見ていた龍麻と京一は、お互いの手をパンと叩いた。隣の葵は、納得したように二人を見る。

「こういうことだったのね」

「そっ、やっぱし二人きりがいいじゃね?」

「そうね」

 安心したように胸を撫で下ろした。

「本当は、小蒔と時計を買いに来たのよ。だからいいタイミングだったわ」

「そっかー…それはやばかったな」

 京一は腕組みをした。

「まさにナイスタイミングってやつだぜ」

「まぁほら、俺達って日頃の行いいいから」

 龍麻は呑気に答えると葵を見た。

「サンキュ、美里」

「あら、それだけ?」

 面白そうに聞き返され、

「んじゃモンブランとアイスティ」

「ラーメンも付けるぜ?」

 二人は笑いながら申し出た。

「どうでしょ?生徒会長殿」

「あらそんなに?」

 葵は目を丸くした。

「いいわよ、二人とも」

「いや、俺達じゃねぇから」

 京一は即座に言って、親指で二人の方を差す。

「やっぱし、幸せ大将に奢ってもらわなきゃなー」

「そりゃ言えた」

 龍麻も同意して頷く。

「それだったら餃子も付けて貰わねーとな」

「あと炒飯」

「まぁ二人とも」

 葵は口元に手を当てて笑った。それからすっと表情を落ち着かせる。

「それにしても…よかったわ…」

 苦しんだ醍醐、そして小蒔。二人が今落ち着いて、幸せならこんなに嬉しいことはない。

「あぁ、そっだな」

 三人は頷きあい、しみじみと遠くから眺めていた。



 ちなみに次の日。醍醐が三人分のラーメンを奢らされたのは言うまでもない。




うーん、なんて微笑ましい(^^)。
とても爽やかで初々しい二人の関係がツボですツボvv
はままつうなぎさま、素敵なお話をありがとうございました♪

…ところで私は時計にあまり詳しくないんですが、
作中で龍麻が話していた『五千万円の時計』は実在するそうです。
誰が買うんだ、そんなん…(^_^;)。


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