気付いてないけど、君の事が好きだから





まだ、この気持ちには気付いていないけど。
僕は、君の事が好きだから。






 真神の屋上。
 待ち人がくるまで読んでおこうと読み始めた本のページは、ついさっきから、動かないまま。
「??」
 全然理解できない単語の群れだった。
「……」
 黙って、鞄の中から英語の辞典をひっぱりだす。
 英語の辞典で文字をひく。
 Cの文字から引いて……ない。
(……英語じゃないのかな)
 じゃあ、何語?
 読んでいた本はちゃんとした日本語の本。
 楽しく読んでいた本の中に突然出てきた単語は、全然意味が理解できない。必要ないのかも。思いつつ、けれど無視して続きを読む気にはなれない。
(……仕方ない)
 調べよう。
 思い立って、けれどまた思い出して、時計を見た。
 約束の時間まで時間はあるにしても、中途半端な時間だ。
(……ん)
 考えてやめる。
 調べ物なんていつでもできるし、こんなふうにただ待ってる時間も好きだから。
 待っていても、一人でいても。
 誰かが来てくれる事を知っている時間というのは、それだけで好きだ。
(……明日にするか)
 本を閉じて、鞄になおす。
 醍醐の部活が終わるには、まだほんの少しだけ時間があるだろう。
 その間、ほんの少しの幸せをかみ締めるのもいいかもしれない。






「お疲れ様でした!」
 元気な声が部室に響く。
 挨拶が終わると、部員達は思い思いに部室を後にする。使った備品をなおすものもいる。
「あ、部長」
 バーベルをなおしていた醍醐に、帰る準備をしていた部員が駆け寄る。
「ん?なんだ?」
「あとは自分がやっておきます。今日も、神無樹先輩を待たせているんでしょ?」
 訊ねられて、醍醐は重たいバーベルを地面に下ろす。
「ああ、そうだが……」
「いつも夕方近くまで待たせてたら、神無樹先輩がかわいそうですよ。たまにははやくいってあげたほうがいいんじゃないですか?」
 彼は言うと、醍醐の横のバーベルを持ち上げる。
 さすがに重たいらしく、ふらつくのを後ろの友人が支えて。
「そうですよ、部長」
 言う。
「たまには早めにいってあげるのもいいじゃないですか。神無樹先輩も喜びますよ」
 そこまでいわれてしまうと、返す言葉はない。
 醍醐は苦笑した。


 ■



 季節は、秋。
 晩秋である。


 神無樹ひよりは、自分の気持ちを隠したまま。
 醍醐雄矢は、自分の気持ちに気付かないまま。

 ただただ。
 お互いを大事に思って過ごしていた、そんな季節の話である。



 ■


 屋上に来た時、ひよりは寝ていた。
 醍醐は気付いて、ゆっくりと屋上の扉を閉める。小さな音がして、屋上の扉は閉まった。
「……ひより?」
 呼ぶ声に、返事はない。
 起こすのもなんだか悪い気がして、一度名前を呼ぶだけで終わる。
「……」
 そばにより、ひよりの隣に座り込む。
 これじゃあ、部員たちが気を使ってくれた意味がなくなるな……。
 思いつつ、けれどこれもいいような気がした。
 いつも待ってるのは、ひよりである。
 いつも遅れて醍醐がここにやってくると、ひよりはたいてい本を読んでいて。

『おかえりなさい、醍醐さん』

 といって、本を閉じる。
 いつも、どうして「おかえりなさい」なのか。
 理由はいまいちよく理解できなかったのだけれど。
 そういってもらえると幸せで、やはり「ただいま」と言い返す。
 すると、ひよりは笑う。
(……不思議だな)
 なんとなくそう思う。
 不思議だ。
 横目でひよりを見据えながら、ただ見るだけで醍醐はなにもしない。
 平凡すぎて、当たり前な。
 特別な事など、何もない日常のカケラ。
 ひよりが眠っていて。
 ただ、そのそばに自分がいる。
 誰もいない屋上で。
 たったそれだけの事なのに、幸福だと思ったり、幸せだと思ったり。
(……単純だな)
 ひよりが起きないように苦笑する。
 ひよりがいつ起きるのかなんてわからないけれど、起きるまでずっとそばにいるのも楽しいかもしれない。
 無駄に時間は過ぎていくけれど。
 でも。
 暖かい気持ち。
 不思議と暖かい気持ちになれる。
 ……こういう気持ちになれる感情の名前を、醍醐はまだ知らないけれど。
 とても、幸せなんだと、気付いている。
(……)
 小蒔に抱く、愛情とかの気持ちよりも。
 暖かくて、柔らかい。
 京一に抱く、友情とかの気持ちよりも。
 強く、かたくなな。
「……」
 同性でも、異性でもない。
 不思議な、気持ち。
「……」
 見上げた空は、橙から少しずつ青くなり始めていた。
 少し、風が出てくる。
「……風邪を引くな」
 つぶやいて、立ち上がる。
 ひよりの肩に手をおいて、
「ひより、起きろ……風邪を引くぞ」
 揺さぶる。
 ……起きない。
 もう一度揺さぶる。
 ……起きない。
 仕方あるまい、醍醐はため息をついて、ひよりを両腕でだきあげた。



 ただ、風邪を引くから。
 そんな理由で抱き上げた。
 保健室でも教室でも。
 風のしのげる場所に行こう、なんて考えていた。

 他に誰かが相手ならば。
 そんな考えにまで、いたっただろうか?



 ひよりの顔を覗き込む。
 眠り姫の寝顔。
(……王子様か)
 彼の性別を思い出して、考えなおす。
 慎重に屋上の扉を開いて、階段を下りる。
 穏やかな寝顔。
 ひよりの寝顔など、修学旅行のときぐらいしか見た事はない。
「……まいったな」
 少し困って、醍醐は苦笑い。
 ちょっとしたいたずらのような気持ちは、どこから沸いて出てきたのか。
 それとも、こんな穏やかな気持ちはどこから沸いて出てきたものなのか。
 ひよりが起きないように慎重に階段をまた上る。
 階段の一番上、屋上への扉の前で、醍醐は腰をおろした。
 なんとなく。
 本当に、なんとなくだけど。
 不思議な気持ちに、刈られるから。
「……」
 そしてそのまま。
 まるで、子供に親がお休みのキスをするような暖かいキスを。
 醍醐はそっと、ひよりの唇にした。



        

■ あとがき ■

なんていいますか……。
正直、二人のキスシーンは想像できないのです(爆)二人の愛情には、キスとかそういうものは必要じゃない気がするし、そんな感じで。
それに、2人とも奥手ですからねぇ。
絶対に2人が起きてる時には、せんだろう……という気持ちもありまして。
今回は、醍醐君のモノローグに徹していただきました。



お題は『醍醐とひよりのファーストキス(激爆)』
煩悩丸出しのリクエストにこんな素敵なお話で応えて下さり、ありがとうございます(^^)。
二人を包むどこまでも穏やかな空気が何とも言えず良いのです。
本編の進行も楽しみにしてますからね〜vvv

賜り物部屋へ