<うしろの正面>



宵の六つもとっくに鳴り終わった頃、鈍い月明かりに紛れて龍泉寺の勝手口をどやどやとくぐるものがあった。
寺には似つかわしくない浪人姿の男だの振袖の娘だの、様々ないでたちの若い男女だ。
「よっ、見廻りご苦労さん。どうだった?」
足音を聞きつけて不審な顔をすることもなく彼らを出迎えたのは、ちょっと見に驚くくらいの大柄な女性だった。
断髪というには潔すぎるほどに刈り込んだ頭だが、彼女は尼ではなく織部神社の巫女である。
「どうもこうも、見事に出くわした。鬼道衆だ。」
葛乃に答えたのは、たまたま先頭に立っていた桧神美冬だった。
男物の着物に袴をはき、大小を差した凛々しい面構えの女武芸者だが、艶やかな編み下げの髪を肩に垂らしている分、葛乃の前に出るとよほど可憐に見える。
「下忍が複数、忍びで外出していたらしい武家を襲わんとしていたところだった。人数は大したものではなかったが、武家を庇わねばならなかったのと暗かったので、少々てこずってな。結局取り逃がしてしまった。」
「お武家は?」
「身分を明かせぬのか、礼も言わずにさっさと立ち去ってしまったが大丈夫だろう。ひとまず未遂に終わらせたが、鬼道衆があれで懲りるとは思えん。まだまだ気は抜けないな。」
「そうかい。幕府の重臣だったのかもしれないね。一体何をしていたんだか・・・・・。だが、とりあえず今夜はそれ以上の騒ぎはないだろうね。」
一旦は眉をひそめた葛乃だったが、その程度の小競り合いをいちいち咎めていても仕方がないと頭を切り換えたのか、すぐにさっぱりとした笑みを取り戻した。
「まあ、皆が無事に帰って来て何よりだ。茶でも淹れるから休んでな。」
「うむ、かたじけない。」
美冬が玄関に腰を下ろした時、ひときわ騒がしい声がした。
「こら京梧、まっすぐ歩け。重い。」
「んなこと、言ったってよォ・・・・・・。」
どたどたと入ってきたのは蓬莱寺京梧と緋勇龍斗だった。京梧は足元のおぼつかない様子で龍斗の肩にもたれかかっている。京梧よりも細い身体でそれを支える龍斗は随分と苦労しているようだ。
「まったく、仕様のない奴だ。」
「どうした?怪我でもしたのかい?」
美冬は冷たく鼻を鳴らしたが、葛乃の方は上がり框にドタリと倒れこんだ京梧に、慌てて駆け寄った。
「放っておけ。大した事情ではない。」
「だけどねえ・・・・・。」
二人が言い合っていると、やがて項垂れた京梧の口から低い呻き声が漏れた。
「・・・・・・・・腹減った・・・・・。」
「おやおや。」
「参ったぜぇ、騒ぎのせいで夜鳴き蕎麦どころか茶飯売りも逃げちまってよ。あれだけ立ち回ったってのに、飲まず食わずでここまで歩いて帰ったんだぜ。」
世にも情けなさそうに言う京梧の後ろから、おずおずと黒髪の娘が進み出た。美里藍である。
「ごめんなさい。見廻りが終わるまで寄り道はやめましょうって私が言ったから。けど、その後で鬼道衆に遭ってしまって。」
「よしなよ、藍のせいじゃないんだから。」
その隣にいた小柄な娘、桜井小鈴がとりなすように言ったが、彼女もじきにカクンと肩を落とした。
「あー、でもボクも、おなかすいた・・・・・。」
「もう、小鈴ちゃんまで。」「そんなこと言ったってさあ。」
「太平楽だねえ、まったく。心配したのが馬鹿みたいじゃないか。」
しばし脱力した葛乃だったが、その口から笑みが漏れた。
「けど、まあいいや。やっぱり涼浬の気遣いは無駄じゃなかったからね。」
「え?」
「というわけだ、出番だよ。」
葛乃が後ろに声をかけると、すらりと襖が開いて細身の娘が現れた。
美しいがやや硬い表情の彼女は、折り目正しく畳に手をつくと、やはり物堅い平坦な声で言った。
「お帰りなさいませ。夜食の用意をしておりますので、よろしければ・・・・。」
「夜食ッ?!」
たちまち生気を取り戻した京梧が、がばりと起き上がる。
「急に思いついたもので、握り飯に、簡単な煮しめしかございませんが。」
なぜか恐縮するように細身の娘――――涼浬は脇に置いていた大皿を差し出した。
「夜の煮炊きはご法度だけどね、どうせ誰も寄り付かないボロ寺だから、火の不始末さえしなきゃ遠慮はいらないだろ。」
「かまわねえかまわねえ!くぅ〜、ありがてえ!」
「あーっ京梧ったら!手ぐらい洗ってからにしなよ!」
「あの、お口に合うかどうか・・・・・。」
あくまで控えめに口を挟む涼浬だったが、京梧は両手でいそいそと握り飯を掴んだ。
「何言ってんでえ、涼浬ちゃんの料理がまずいわけが・・・・・・あれ?」
「どうした?」
「いや、いつもならこのへんで、あのクソ坊主がでけえ手で握り飯を一度に三つも取ってくんだけどな。」
「あれ、そういえばいないね、雄慶クン。」
小鈴が声を上げた。
「挙句に、あのでかい声で『はっはっは、涼浬殿は良い嫁になれるぞ。』くらい言い出しかねない筈だが。」
「そ、そのような・・・・・。」
龍斗に言われて、涼浬が目を見張った。
その頬に赤みがさすと、びっくりするほど印象が変わって見える。それを見て、京梧はますますやに下がった。
「なあに謙遜するこたねえよ涼浬ちゃん。なんなら俺が貰ってやって、手取り足取り良い嫁に・・・・・ぐわッ!!」
「どさくさ紛れに何ぬかしてんだよ、このおたんこなす。」
「か、葛乃殿。」
涼浬と京梧の間に割って入ったのは、葛乃の拳だった。そしてどこから取り出したのか、すちゃりと薙刀を構える。
「あんたのその口は今に始まったことじゃないが、こいつに手出しするのを黙って見ちゃおけないねえ。悪い虫は早めに祓っておくに限る。」
「おいおいおいっ、飯くらい食ってからにしてくれよ・・・・ッ?」
後ずさりする背後に冷たい気配を感じて振り向くと、そこには美冬が立ちはだかっていた。すでに刀の鯉口を切っている。
その唇から、これまたぞっとするほど冷ややかな声が漏れた。
「・・・・・助太刀するぞ。」
「美冬ッ?!何でおめェまでッ!」
「問答無用だ、おなごの敵めッ!女と見れば、寄ると触るとおかまいなしにその手の台詞を撒き散らしおって!」
「お、おい待てよ、何でそんなに怒っ・・・・・・おわッ、この手裏剣、どこから飛んできやがった?!」
「隙ありッ!」「もらったッ!」
「あ、兄上・・・・・?」
「わーーーーっ、待て待て待てッ!」


「もう、こんな夜更けに皆ったら。」
「いつものことだろ。ほら、藍の分。」
「まあ、ありがとう龍斗。」
上がり框で大騒ぎを繰り広げる京梧達や、ほのぼのとしている龍斗と藍をよそに、小鈴だけがきょろきょろと落ち着きなく辺りを見回していた。
「おい小鈴、食べなくていいのか?」
「雄慶クン、ほんとにどこ行っちゃったの?」
「ああ、あいつならまっすぐ部屋の方へ行ったぞ。そのまま寝ちまったんじゃないのか?」
もぐもぐと口を動かしながら龍斗が言ったが、小鈴はそれでも納得がいかないようだ。
「そんなに疲れてたようには見えなかったけど。ご飯いらないのかなあ。」
「じき朝になるから、餓えて死ぬことはないだろ。」
「でも、お腹空いたまま眠るなんて、可哀想だよ。」
言い募る小鈴に、藍がくすりと笑った。
「なんだか小鈴ちゃんらしい気遣いね。」
「もうっ、それどういう意味だよ、藍ったら!」
「ほい。」
言い争いになりかけた二人の間に割り込むように、握り飯や醤油で煮た凍り豆腐が現れた。
「お前のもあるから、あいつと分けて食べなよ。あ、こっちは煮しめ。」
「・・・・・・龍斗クン、いつの間に。」
ひょいひょいっと手妻のように差し出された皿に、小鈴は目を丸くした。
「人の出入りのない時でさえ、並み以上の大喰らいが二人も揃ってるんだ。食いはぐれまいと思えば嫌でも身につくさ。」
「うふふっ、まるで長屋の大家族みたい。」
「まあな、大所帯には変わりないよな。」
「そうねえ、本当に賑やかになって。」
「じゃあ、もらっていくね。ありがと。」
またも呑気な会話を始めた二人にややおざなりに声をかけると、小鈴は奥に続く廊下に入った。


龍泉寺は、今でこそ住職もいない荒れ寺だが、元はなかなか立派な佇まいだったのだろう。大門からは灯篭がずらりと並んだ石畳の境内があるし、建物も広い。
古びて乾いた木の香が漂う廊下を少し歩けば、座敷の人声が嘘のように遠ざかる。
代わりに、伸び放題に伸びた草の間から、虫の音がやかましいほど聞こえてきた。
暇な日に一度みんなで草刈りをしないとね、と、あまり関係のないことを思い浮かべながら歩いていると、ほどなくして行く手に淡い明かりが漏れているのが見えた。普段雄慶達が寝泊りしている部屋だ。殺風景な座敷の中に行灯がともり、こちらに背を向けている大柄な人影がいる。
「雄慶クン、やっぱりここにいたんだ。」
「小鈴殿?!」
声をかけると、驚いた様子で雄慶が振り向いた。
着衣は腰から下のみで、鍛えた上半身が惜しげもなく晒されている。布団も敷いていないし、寝る用意にしては妙な格好だ。
「な、何さ雄慶クン、そのかっこ・・・・・!」
ぎょっとして思わず視線を泳がせると、小鈴の足元に雄慶の墨染めの僧衣と、その下にいつも来ている白い襦袢が放り出されていた。
その上衣も襦袢もすっぱりと切れ目が開いていて、襦袢の方は白いはずの地に黒っぽく何かが染みている。
染みの正体が分かった途端、小鈴の顔から血の気が引いた。
「雄慶クン!怪我してたの?!」
見れば、雄慶の背中に長い傷が黒々と走っている。
暗かった上に墨染めの衣を着ているせいで、誰も気づかなかったのだろう。
「う、うむ・・・・・・。」
声を張り上げた小鈴に、ばつが悪そうに雄慶は刈り上げた頭を掻いた。
彼の傍らには膏薬の入れ物だの晒し布、そして着物の着替えがきちんと畳んで置いてある。
自分独りで手当てをするつもりだったのか、と悟ると、小鈴はなぜか無性に腹が立った。
「どうして何も言わなかったんだよ!」
「いや、藍殿も随分とお疲れのようであったし、京梧はあの通りで、あいつのお守りは龍斗に押し付けてしまったからな。深手でもないゆえ、誰かの手を煩わせるまでもないと思ったのだが・・・・・。」
雄慶は言葉を切って、自分の手で背中をまさぐるような仕草をみせた。
「さすがに背中までは己の手が回らぬことを失念していたようだ。はっはっは。」
「笑ってる場合じゃないよ、もう!」
小鈴はとうとう目を吊り上げた。
「大きな傷じゃないか、早く手当てしないと!ボクがやったげる!」
ずんずんと上がりこんできた小鈴の勢いに、雄慶の呑気な表情が慌てた顔に変わった。
「い、いやしかし、小鈴殿にそのような真似をさせるわけには・・・・・。」
「ボクが信用できないの?怪我人の手当てなら道場でよくやってるんだから、藍よりうまいくらいだよ。ほらほらっ!」
「あ、いや、その・・・・・う、うむ。」
江戸っ子らしい気の短い物言いにぽんぽんとやりこめられて、雄慶は渋々小鈴に背中を見せた。
宣言どおり、小鈴は機敏に駆け出すと、あっという間に手桶に水を汲み手拭を絞り、雄慶の後ろに座り込むと傷の周囲を丁寧に拭った。
水の冷たさに雄慶がひるむと、動くなと言うように小鈴の小さな手がぎゅっと肩を掴む。その柔らかい感触に、ますます雄慶は固まった。
「ちょっと我慢して。汚れてると傷から悪い風が入るからね。」
ついでに肩から背中全体も拭うと、次に行灯の火を強くして、傷の具合を真剣に見分した。
「こ、小鈴殿・・・・・。」
小鈴の視線に戸惑い、雄慶は未練がましく唸った。
「こら雄慶クン、動かないでよ!」
「いや、しかし。」
「まだ何か文句あんの?」
雄慶はゴホゴホンと咳払いをし、ようやく言った。
「そのう、わ、若い娘が、しかもこのような夜更けに、みだりに男の肌に手を触れるのは、よろしくないのではないかと・・・・・思うのだが・・・・・。」
「お、男の肌って、あのねェ・・・・・。」
呆れ返って笑い飛ばそうとした小鈴だったが、自分が気安く触っているものを改めて見た途端、笑顔が引っ込んだ。
目の前にいる男の肩幅も背中も、昔見かけたことのある力士に負けず劣らず広いが、力士のそれよりも余程引き締まっている。
行灯の淡い明かりに逞しい筋肉のつくる深い陰影が浮かび、雄慶のちょっとした動きに連れて揺らめく。
修行好きの雄慶だから、もろ肌脱いで龍斗と組み手をしていたり、一人で型の稽古をしているところくらいは見たことがある。
しかしそれはいつも昼日中の話で、薄暗い座敷で静かに座る彼は、まるで見知らぬ男のようだ。
そう思うと、なぜか今更なのに、火がついたように頬が熱くなってきた。
冷やしたくて手に持っていた手拭を頬に当てようとするが、それが先ほどまで雄慶の背を拭っていたものであることに気づき、更に慌てた。
(ゆゆゆゆ雄慶クンの馬鹿ーーーーーーっ!!キミが余計な事言うから、意識しちゃったじゃないかッ!!)
かなり八つ当たり気味に思いながらも、小鈴は用済みの手拭を放り出し、膏薬を取り上げて傷に塗りつけた。そして目の毒になるものを隠したいとばかりに、さっさとさらしを巻いてしまう。
雄慶の言う通り、傷は長く走っているが皮と皮膚を少々切り裂いた程度の浅いもので、手当てをするまでもなく血は殆ど止まっていた。綺麗に切れているので、きちんと保護しておけばじきに跡も残さず完治するだろう。
「あれ、雄慶クン・・・・・。」
まだ頬の熱さがひかないまま、小鈴は呟いた。
「背中に傷、いっぱいあるね。」
華奢な小鈴が二人も並べそうなほど広い背には、無数の傷が走っていた。小さく消えかかっているもの、深いものから、最近ついたと思われるものまで。刀傷だけではない。
「昔は色々とあったからな。京の町の衆に狼藉をはたらく奴は勿論、ならず者とみれば、その辺を歩いているだけの者にまで喧嘩をふっかけては、よくやられていた。」
面映ゆそうに雄慶は言った。
「そのう、あまり綺麗な身体でなくて恥ずかしいものだな。これが新撰組ならば、士道不覚悟で何度腹を切っても追いつかん。」
「あ、聞いたことある。無茶苦茶だよねえ、背中に怪我しただけで切腹なんでしょ?」
根も葉もない噂かもしれないが、それだけ新撰組の掟は厳しいという評判だった。
「後ろから不意打ちされたり、囲まれたりしたんならしょうがないのに。悪いのは背中に向かって斬り付ける卑怯者じゃないか。」
「たとえ一瞬でも、背中を敵に許すような剣客は必要ないということだろう。つまりはそれだけの技量が要るお役目というわけだ。その点俺は、まだ未熟だな。」
「そんなことないよ、雄慶クン。」
小鈴が否定したが、雄慶は首を横に振った。
「同じく拳を使うとはいえ、拙僧は龍斗のような闘い上手ではないし、身のこなしも・・・・・・まあ、この図体にしては悪くない筈だが、龍斗のような身軽さには及ばん。頑丈さにかまけて、人を庇う時もつい間に合わずに背中で受けてしまっている。」
「それを言うならボクだって。ついつい深追いして前に出すぎちゃうんだよね。」
今夜だって・・・・・と続けようとして、小鈴の胸がドキリと鳴った。

前に出すぎたと思ったその時、嫌な予感通り背後に敵の気配がし、誰かが庇ってくれて・・・・・。

”危ない、小鈴殿――――――!”

暗闇の中での一瞬の出来事。乱れる怒号と足音に紛れて、忘れていた。

(あれ、やっぱり雄慶クンだったんだ・・・・・!)
それでは、この傷は小鈴のせいで負ったものなのか。
(どうしよう、それなのにボクったら。)
何と言おう、と思った時、雄慶が不意に話を戻した。
「恥ずかしいついでに、小鈴殿には言ってしまおうか。」
「え?」
「拙僧は京梧や龍斗と違って、偶然江戸に流れ着いたわけではないのは話しただろうか?」
「うん、円空のおじいちゃんに言われて、江戸へ来たんだよね。」
何だかんだと理屈をつけても、やはりならず者と変わらない無目的な生活を送っていた雄慶は、円空との出会いによって寺に入り、僧となった。
だがその後も、世の中の激しい流れに翻弄され疲れ果て、心の拠り所を求め縋って来る人々に対して綺麗事にしか思えない教訓を並べ、ただ経を唱えることしかできない立場に焦り苛立ち、僧侶仲間と言い争いになっては一人周囲から浮き上がっていた。
「そんな俺に先生は言われた。誠の心をもって、心を同じくする人と共に歩めば、いずれ俺が漠然と抱えている恐れも不安もなくなるであろうと。―――――だが龍泉寺に来ても、それは一向になくならんままだ。」
「ええっ?どうして?」
ぽんと目を見張った小鈴だが、たちまち気落ちした様子で問い掛けた。
「・・・・・ボクたち、そんなに頼りない?」
「いや、そうではない、そうではなくてだな。」
雄慶はどう伝えたものかと悩むように、大きな手で頭をがしがしと掻いた。
「何と言うか・・・・・そうだ、今度は別の恐れが頭を離れぬのに気がついたのだ。戦いの中で、大切な仲間を失うのではないかと。」
それを恐れ、不安に思い、己の力の足りなさにまた苛立つ毎日だ。
「俺はこの期に及んで、まだまだ修行が足りぬようだ。それとも、独りで闘う癖が抜けておらんだけなのかもしれんな。」
自嘲気味に呟く雄慶の声は、いつになく細かった。
「だからつい、このような無理をして小鈴殿にも心配をかけてしまう。――――すまなかった。」
「な、何でキミが謝るんだよ、雄慶クン。」
雄慶の背中に巻いた布が、暗い部屋の中で白々と目立つ。
それが、小鈴の目には急に痛々しく見えた。
―――――いつも、こんな風に誰かのために身体を張って闘って、野生の獣のように自分ひとりで傷を治してきたのだろうか。
そして今も、同じ気持ちでいるのだろうか。
(違うよ、そんなの。こんなに仲間がいるのに。ボクもいるのに。)
けれど、小鈴では雄慶の背中を自分の背中で護ってやることはできない。
敵の拳や剣が届く距離からは、矢を射ることはできないから。
自分にはどうしようもない苛立ちに、じわりと涙が滲んできた。
ふと部屋の隅に目をやると、夜食の皿が置きっぱなしになっていたのに気づいて、小鈴は雄慶の脇に皿を滑らせた。
「これ、食べて。」
「おお、これはかたじけない。」
小鈴の心づくしに笑顔で振り向こうとした雄慶に、もう少しで泣きべそをかきそうな顔を見られたくない小鈴は、慌てて怒鳴った。
「後ろ向いちゃ駄目ッ!」
「あ、す、すまん。・・・・・小鈴殿、どうかなさったのか?」
「黙って食べて!」
「う、あ、うむ。」
小鈴に叱られ、雄慶はかごめ遊びのように相手に背を向けたまま話す羽目になった。
一向に何も言わないと思っていると、小鈴の小さな声が聞こえた。
「雄慶クン・・・・・・。」
「う・・・・・んッ?!」
小鈴はやおら、どしっ、と、色気もへったくれもない、ぶつけるような勢いで雄慶の背中に自分の背中を凭せ掛けた。
その衝撃に雄慶は飯を喉に詰まらせかけたが、随分と苦労してこらえた。
「こ、小鈴殿っ?」
「・・・・・・龍斗クンと京梧みたいに、こんな風に背中は合わせられないけど。」
背中のあたりで、先ほどよりもぐっと近くなった小鈴の声が聞こえた。
「ボクだって、雄慶クンの後ろにいて、背中を護ってあげることくらいできるんだよ。」
「小鈴殿。」
「ゆっ、雄慶クンだけじゃないからね。龍斗クンも京梧の奴も、そうだ、藍もボクが護ってあげなきゃなんないんだし!そう・・・・・・!」
誤魔化すように言ったつもりの台詞だったが、小鈴は己の吐いた言葉にハッと目を見開いた。
「そうだよ・・・・・ボクの矢は、誰よりも速く遠くまで飛べるんだから。」
だから、自分が走らなくても良いのかもしれない。それだけが、強さのあかしになるとは限らないのだ。
今までは、そして今夜も、ただただ目の前の敵を倒すために突っ走っていたが、これからは小鈴も改めて考えなければならないのかもしれない。
自分の弓が、何のために在るのか、どうあれば己も他人も傷つけず護れるのか、ということを。
「だから、ね・・・・・。」
「小鈴殿?」
急にもの思わしげな口調に変わった小鈴に、雄慶が思わず振り返ろうとする。
今度は赤く染まった頬を見られまいとして、小鈴は大声をあげた。
「ああもうッ、こっち向いちゃだめだってばッ!!」
「うわあああっ、すまぬっ。」
またもひとしきりじたばたと騒いだ後、照れくさいような沈黙が落ちた。
ほのかな明かりに誘われたように、先ほどよりも一層鳴きたてる虫の音が、夜の龍泉寺に響き渡る。
「だから、その。覚えててよね。」
小鈴は口篭もりながら言った。
「ボクが、護るからね。近くにいなくても、遠くからでも、護れるんだから。」
「小鈴殿・・・・・。」
「だからね、雄慶クンも、みんなと、それから・・・・・。」
台詞の続きは、虫の音に遮られるほど先細り、小鈴の口の中に消えてしまったけれど。
「・・・・・・・ああ。」
まるで、続く言葉が聞こえたかのように、雄慶ははっきりと頷いた。
合わせた背中がちょっぴり熱いのはどちらのせいだろうと、そう思いながら。

(ボクを、護ってね。)



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 …………ごろごろにゃぁ〜んvv(壊)
 雄慶×小鈴、正直ゲーム本編では影薄…
げふげふっな二人なので難しいだろうな、と思ってたんですが。
 よもや…よもや、こぉんな良いお話を戴けるなんて!!!!(T▽T)
 キャラの内面を原作から200%引き出しつつ、きっちりと私の萌えツボも捉えてくださってvvvv
 読んでいて、彼らへの愛情が沸々と湧きあがって参りました(*^^*)
 素敵なお友達に恵まれて、管理人はつくづく果報者です。愛してます〜vv<ドサマギに告るでない