春、夕刻の河原――

 足の向くまま気の向くまま、ぶらりとそこへ訪れた龍斗は、年老いた町人に拝まれる雄慶を目撃した。
 龍斗が耳を澄ませると、緩やかな風に乗って老人と雄慶のやりとりが聞こえてくる。
「ありがたや、ありがたやあ。なまだぶ、なまだぶ……」
「あ、いや、これは違うんだ。拙僧はここに説法を聴かせに来た訳ではなく――」
 僧侶は仏教において三宝の一つ。ありがたがられるのも無理はないが、当の僧侶はそれに困惑しているようだった。
「なまだぶつ……」
「…………」
 ひたすら拝み倒されて観念したらしく、雄慶は深呼吸を一つすると、老人に説法を一つ聞かせ始めた。

 ・・・・・・・・・・・・

 四半刻ほどで説法が終り、老人が頭を下げて雄慶の前から立ち去って行くのを見送ってから、龍斗は同じ屋根の下で暮らしている、戦う僧侶のところへ近付いていった。
「やれやれ……」
 困ったものだと言わんばかりに頭を振ったところで、彼は龍斗の姿に気付いたようだった。
「む――? おう――緋勇殿か。見てたのか?」
「ああ、一部始終な。俺も遠くからありがたい説法聞いてたぞ。ついでに言うと雄慶って僧侶なんだなって改めて思った」
 「いつもは僧侶だと思っていないのか?」という疑念が雄慶の脳裏によぎったが、目下の捨て置けない懸案事項について、龍斗に意見を求めた。
「いやはや、参ったよ。市中の見廻りを行おうと思ったのだがな、この僧形がいけないのか、どこへいっても俺が布施を求めていると勘違いされる。どうしたものか……。見廻りの間だけでも、なにかいいやり方はないものか?」
「別にいいんじゃないのか、そのままで?」
 龍斗はあっさりと、現況を肯定してしまう。
「あのな……、今のままだと俺は困るんだが」
「そうは言ってもなあ、雄慶って龍閃組の一員だけど、それ以前に僧侶だろ? だったら僧侶なりの見廻りをすればいいじゃないか。見廻りをしながら、説法を請われれば聴かせてやり、布施を差し出されたら念仏を唱えればいいと思うぞ」
「しかし、それでは龍閃組の務めが疎かになりはせんか?」
「まあ、そうだな。けど、龍閃組の仕事だけが全てじゃないだろ、俺も雄慶も、他の二人も。僧侶としての本文を忘れてしまうことの方が、大問題じゃないのか?」
「むむぅ……」
 岩のような唸り声を上げて悩む雄慶の肩を軽く叩いてから、龍斗は後ろ向きに二歩後退した。
「はははっ、悩め悩め。悩み抜いて得た答えほど、鍛え抜かれた刀のように確かなものになるもんさ。ちょっとやそっとのことじゃ揺らがないってことだ」
「ふッ、どちらが僧だか分からんようなことを言うものだな」
「そうか? まあいいさ。それじゃ俺はこれで寺に帰る、夕餉の仕度があるからな」
 その言葉に、雄慶は微かに表情を強張らせた。
「今日の夕餉の当番は……お主なのか?」
「おう、久し振りだぞ。何で俺だけあんまり当番が回って来ないんだろうか?」
 疑問顔の龍斗を他所に、雄慶は静かに両手を合わせた。
「南無阿弥陀仏――」
 龍斗の料理は、殺人的とは言わないまでも、かなりのゲテモノ料理として、仲間たちから不評だった……。



 夏、昼の龍泉寺――

 雄慶は本堂で座禅を組んでいた。
 僧侶らしく。
 瞑想中であって、座ったまま寝ているのではない。
 が、その瞑想も賑やかな一声に破られる。
「あッ、いたいたッ!」
 本来ならばそれくらいで破られるものではない瞑想だったが、雄慶の耳は小鈴の声に敏感に反応していた。
「おう、小鈴殿」
 座禅を組んだままの雄慶が、小走りに駆け寄って来る足音のほうに顔を向けると、小鈴は大きめの布の包みを手にして彼の前で立ち止まった。
「梅月サンが雄慶クンはここにいるって教えてくれたんだ」
「梅月殿は真那殿に手習いをしていたはずだが?」
 少なくとも、雄慶が本堂で瞑想し始める前までは、梅月が真那に俳句講座を開いていたのは確かだ。
「それならもう終わったみたいだよ。梅月サンは帰るところだったし、真那チャンは影も形も見当たらなかったから」
「ふむ……。それで、小鈴殿。俺に何か用があるよう見受けられるが、如何した?」
「えへへッ、日頃お悩みのキミにボクからの朗報だよッ」
 本当に朗報なのだろう、小鈴は楽しそうだった。釣られるように、それを見ているだけで雄慶も楽しそうな心持ちになってくる。
「あのね、ひーちゃんから聞いたけど、雄慶クンって、見廻り大変なんだって? お坊さんだから、信心篤い人たちに捕まって思うように見廻りできないっていうじゃないか」
 小鈴から言われて、そう言えば以前、龍斗にそんな悩みを打ち明けたことがあることを雄慶は思い出していた。
「ああ、龍斗にそういう話をしたことがあったのは確かだが……」
 その問題は、時の経過と共に、ほとんど解決していた。
 結局、雄慶は話し合いで説法や托鉢のために市中を巡回している訳ではないと、信心篤い者たちから捕まる毎に言い聞かせ続けた。その甲斐あってか、最初の頃ほど捕まることはなくなった。それでもまだ皆無という訳ではないが。
「でさ、その話を一昨日聞かされてから、ボク考えたんだ。雄慶クンが信心篤い人たちに捕まっちゃうのは、ずばりお坊さんの格好だからだよ。だから、お坊さんの格好を止めて見回りすれば、問題も解決するでしょ?」
 小鈴の提案も一時考えた雄慶だったが、言動が僧侶のままだと意味がないということで実行しなかった。
 と言うか、そもそもその問題は解決済みに等しい。
「小鈴殿」
「ん?」
 小鈴の手にしている包みの中身は聞く間でもない、つまりそのための着物なのだろう。わざわざ手間を掛けさせたことに礼を言いつつ、しかし必要ないので断らなければならない。
 ――のだが、小鈴の自信満々の瞳、楽しそうな表情を目にして、雄慶は非常に心苦しく思えた。頭で分かっていることが、実行できないくらいに。
「い、いや、その、……かたじけない」
「へへへッ、気にしない気にしない。だってボクたち、仲間……でしょ。困ったときは助け合わないとねッ」
 ちょっとばかり照れ臭そうにしてから、小鈴は抱えていた布の包みを彼に手渡した。
「はい、この中にキミに合うはずの着物が入ってるから。着替えたら門のところに来てね、待ってるよ」
「…………?」
「もう、何で分かんないかなぁ?」
 短い嘆息を挟んでから、彼女は自分の腰の高さにある雄慶の顔に向かって、何故か得意げに説明を始めた。
「見廻りだよ、み・ま・わ・りッ。早速、妙案の効果の程を確かめないといけないでしょ。えへへッ、ボクの案だから、ボクが一緒に付いて行ってもいいよね?」
「う、うむ……」
「じゃあね、雄慶クン」
 至極御満悦の様子で、小鈴は軽やかな足取りと共に、本堂から出て行ってしまった。
 着替えの入った包みを手にしたまま、しばらくの間座禅を組んでいた雄慶だったが、腹を括ったのか、彼もまた本堂から出て行った。



 龍泉寺の門のところにいた小鈴が大きく頷きながら、着替えて来た雄慶に嬉々として告げて来た。
「うんうん、すっごく似合ってるよ。ボクの見立ても捨てたもんじゃないね」
「そ、そう……か?」
 小鈴の用意した着物に着替えた雄慶は、半疑のままぎこちなく答えた。
 価値観の相違なのか、雄慶からすればその着物の柄は派手に映った。そう、龍斗の龍紋の胴着よりも派手、十郎太の経文入りの着物といい勝負だろう。
 非常に困惑している雄慶の様子など目に入らないかのように、ただただ楽しそうに小鈴は彼の出で立ちを眺めてから、おもむろに切り出した。
「じゃあ、見廻りに行こっか?」
「そうだな……」
 もうこの時点で、彼の胸中では嫌な予感がしていたという。
 だが、それが分かっていても、戻ることはできなかった。日頃稀に見る御機嫌な小鈴、彼女の上機嫌をぶち壊してしまうことなど、できなかった。
 理由を問われても答えるのは難しかったが、敢えて言うなら囁かれた気がしたのだ。
 「いつもより五割増し陽気なままでいさせたい」――と。
 いつもとは違う身なりの雄慶といつもより陽気な小鈴が龍泉寺のところから見廻りを始めると、二間も歩かないうちに足を止めた。
 正面から迫り来る土煙を、見付けてしまったので。
「雄慶クン、あれって……」
「うむ、あのような真似ができるのは、十郎太殿以外にはいまい」
 爆走する飛脚は、蹴り足の度に粉塵を舞い上げて、町中を駆け抜ける。
 目視でそれが十郎太であることを確認した頃には、もうすぐ側まで彼は駆けて来ていた。
「――ちょッッッと、待ったァァァッ!!」
 擦れ違いざまにそう言い放ちながら、十郎太が駆け抜けていく。
「……待つのは十郎太クンの方だよ」
 半ば呆れ顔で小鈴が擦れ違った暴走飛脚に向き直った。
 雄慶も向き直ると、だいぶ離れたところで十郎太がようやく立ち止まるところだった。
 かなり行き過ぎてしまった観のある十郎太が、小走りに二人のところまで戻ってくる。
 その場で駆け足のまま十郎太はしげしげと雄慶を眺めてから、天に向かって吼え猛る。
「グレートだぜェッ!! どうしたんだよあんた、その格好ッ。イカしてんなァ、抹香臭ェ坊主の格好とは、月とすっぽんだぜッ!」
「そう……か」
 小鈴ただ一人ならともかく、十郎太からも言われて、この派手な着物が本当に自分に似合っているのかもしれないと、雄慶はちょっとだけ思った。
「おう、それよりあんたら、聞いたかい?」
「何をだ?」
「この先で派手な喧嘩があったそうだぜ」
 そう言って、十郎太は自分の走って来た方向を指差した。
「何でも、ちっこい餓鬼が素手で大の大人をこてんぱんに叩きのめしたらしいぜ。俺も見たかったよ、その喧嘩。ま、もっとも、その餓鬼、迷惑料とか言って叩きのめした相手の懐のもん取って行ったそうだから、喧嘩ってよりは追い剥ぎのほうが近いのかもしんねェけどな」
「追い剥ぎは感心できないけど、喧嘩ならボクも見たかったなァ」
 江戸っ子の野次馬根性は有名だが、そういう点では見事に小鈴は江戸っ子であるらしかった。
「十郎太殿、他に何か気に掛かる出来事などは耳にしていないか?」
 さして喧嘩には興味を示さず、雄慶がお約束の質問をすると、十郎太はしばらく首を捻ってから、やがて頭を振った。
「あんたらの聞きたいのは鬼とか、幽霊とか、そういったことだよな? 悪いがこれと言ったのはねェ、ソーリーだぜ」
「いや、こちらこそすまん。仕事の途中だろうに」
「気にすんなって、あんたのイカした格好に気を奪われてただけだからよ。さてッ、行くかッ、サンダーッ!」
 ずっと駆け足だった飛脚は、再び爆走を始めた。あっという間に速度が乗り、来たときと同じように土煙を上げて走り去って行く。
 十郎太は、疾風のような男だった。
「では、俺たちも見廻りを続けようか、小鈴殿」
「うん、『れっつごー』だねッ!」
 以前十郎太から教わった、異国での出発の合図を小鈴は声高に叫んだ。



 それからしばらく、見廻りは平穏だった。
 しばらくの間、怪しい出来事を見聞きすることもなく、雄慶が信心篤い人々に捕まることもなかった。
 つまり、しばらく以上が経過し、平穏ではなくなった。
 切っ掛けは、近くから聞こえて来た何処かの誰かの大声だった。
「喧嘩だ、喧嘩ーッ!!」
 それを聞いた小鈴の反応は機敏なもので、すぐにその声がどの方向からしたのか聞き分けたらしかった。自分で目と耳と鼻は鋭いと言うだけのことはあるようだ。
「行こう、雄慶クンッ!」
「ああ、そうだな」
 片や喧嘩の見物、片や喧嘩の仲裁、それぞれ駆け付ける動機が異なることなど気付いているのかいないのか、それでも二人は出来つつあった喧嘩の場を囲む人垣にすぐに辿り付いた。さっきいた場所から近かったというのが最大の要因だろう。
 喧嘩の現場に到着して、喧嘩の現場を見て、雄慶は思わず自分のこめかみを押さえた。
「何をやっているんだ……」
「え? あッ、ひーちゃんッ!?」
 ピョンピョン飛び跳ねながら、人垣の向こうで喧嘩をしている当事者を見て、小鈴が驚いたような声を上げる。雄慶は人一倍巨体なので、すぐに見えたのだ。
 龍斗はガラの悪い男二人を相手にしていた。
 戦っていると言うほどでもない、喧嘩にすらなっていない、力量が違い過ぎた。
 我流の隙だらけの構えで打ち込んでくる拳を必要最小限の動作で躱し、龍斗は体勢が流れてしまっている男の足を払ってその場に転倒させる。
 間髪入れずにもう一人の男がやはり隙だらけの構えで掴み掛かってくるが、龍斗は半身を入れ替えるだけで手を躱し、内懐に入って踏み込みながら相手の胸板を肩で押して、やはり転倒させる。
 二人を相手に龍斗はただ転倒させるだけだった、彼がその気なら十数える間もなく事は終わっていただろう。残念ながら、その事実に二人の男が気付いていないため、傍目から見れば一方的な七転八倒が繰り返されている。
 ずっと相手を転倒させ続けていた龍斗は僅かに嘆息すると、そこで初めて構えを取った。
 雄慶と小鈴は、喧嘩になっていない喧嘩がすぐに終わることを予感した。
 予感と言うよりは、経験に裏打ちされた確固たる予測。
 それは外れることなく、龍斗が構えてから一呼吸ほどの間で、男二人は地面から起き上がらなくなった。急所を抉る的確な拳撃、たった二発で昏倒させたのだ。
「やれやれ、穏便に事を済ませたかったってのに……」
「……これのどこが穏便なのだ、龍斗」
 昏倒している二人を見下ろしていた龍斗が、人垣を掻き分けてやってきた雄慶から声を掛けられて、慌てて振り向いた。
「おう、雄――慶ッ!? どうしたんだお前、その目も覚めるほどの素敵な服はッ!?」
「やはり、そう……か」
 小鈴、十郎太、龍斗、三人から好評で、雄慶も半ばこの派手な服が自分に似合っているのだろうかと思い始めていた。
「――ッと、そうじゃない。どうしたんだ、お主が喧嘩とは、らしくないぞ?」
「ごめんなさい、私のせいなの」
 それまで人垣の輪のところにいた人物が、龍斗と雄慶と小鈴のところに歩み寄ってきた。
「藍? ……ひょっとして、いつもの?」
「ええ」
 幼馴染の言葉に、藍は憂えながらも頷いてみせた。
「また、ガラの悪い奴らにちょっかい出されたんだ。で、ちょうどその場にひーちゃんが居合せて、喧嘩になった、と」
「まあ、そういうことだ。一緒に見廻りしてたんだが、俺がちょっと目を離した隙にな」
「おう、お主らもか。俺と小鈴殿もちょうどその途中でな、これから一緒に廻るか?」
 雄慶の言葉に、龍斗がわずかに視線をさ迷わせた。
「うーん、でもなあ、そういうのは二手に分かれた方が得策だろ?」
「そうね、だから雄慶さんは小鈴ちゃんと見廻りを続けたらどうかしら?」
「そうか?」
 龍斗と藍の二人からやんわりと否定され、それも一理あると雄慶が考えていると、やにわに散り始めた人垣の一部から声が上がった。
「てェへんだッ、役人が来やがったぞッ!」
 その一声に四人は顔を見合わせる。
「うんうん、やっぱり一緒だとお前たちもとばっちり食うぞ」
「だから行って、私たちは自分たちで何とかするから」
「あ、ああ。また寺で会おう、龍斗」
「逃げ延びろよ、雄慶」
「……それはこちらの言うべき言葉だ」
 冗談のようなやり取りを交してから、龍斗に余裕があることを知ると、雄慶は傍らにいる小鈴に目をやった。
「行くぞ、小鈴殿」
「うん。二人とも……気を付けてね」
 手を振る龍斗と藍に見送られるようにして、二人は喧嘩の現場から早足で立ち去った。
 小鈴が振り返った時にはもう、二人とも路地に逃げ込んだ後なのか、姿は掻き消えていた。



 喧嘩の場からだいぶ離れてから、雄慶と小鈴は速かった歩みを緩めた。
「ねェ、雄慶クン。藍とひーちゃん、大丈夫かな?」
「ああ、大丈夫だとも」
 心配げな小鈴の不安を取り払うように、雄慶は力強く頷いた。
「あの二人ならその辺の役人に捕まりはせんだろう。それに、いざとなれば公儀隠密という奥の手がある。まあ、最後の手段は使わぬに越したことはないがな」
 秘してこそ、真価を発揮するのが公儀隠密だから。
「そうだね、藍にはひーちゃんが付いてるから大丈夫だね。ひーちゃんの心配は元よりするだけ無駄だし」
「はっはっはっ、かもしれん。…………。ふむ、ここは花音殿が働いている茶屋の近くか。小鈴殿、一服して行かぬか?」
「あ、それ名案だねッ。大賛成だよッ!」
 雄慶の慰め以上に、茶屋に寄って行く話を切り出された途端、小鈴の元気が回復した。溢れるほどの陽気な気分を放ち始める。
 さっそく、茶屋に向かいながら、雄慶は軽やかな足取りの小鈴に尋ねてみた。
「俺は寄っても茶しか頼まぬが、あの店の団子は評判らしいな。京悟も小腹が空いた時には必ず寄るそうだが」
「うん、京悟とは店でよく会うよ。ひょっとしたら、今――」
 小鈴が言葉を終えるより早く、その日すでに聞いた覚えのある言葉が、近くの通りから声高に叫ばれる。
「喧嘩だ、喧嘩ーッ!! 茶屋で喧嘩だーッ!!」
 雄慶と小鈴は顔を見合わせた。
「……またか」
 うんざりしたかのように彼が呟くと、彼女も口端を引き攣らせて呟く。
「……まさか、ね」
 次の瞬間、二人は駆け出した、ひょっとすればひょっとするかもしれない茶屋へ向かって。
 龍斗のときと同じように、現場が近かったせいもあり、二人はすぐに喧嘩の場に到着した。喧嘩が始まってまださほど経っていないせいか、人垣もまだまばらである。
「…………」
 雄慶、絶句。
「…………」
 小鈴、唖然。
 茶屋の前では喧嘩が行われていた。
 ひょっとすればひょっとしたのだ。
 喧嘩している片方は、龍閃組結成時からいる一人、京悟。
 それだけなら、絶句も唖然もなかっただろう。
 京悟と喧嘩をしているもう片方もまた、二人とも知っている顔だったからである。
「やい、この餓鬼ッ。いつもいつも、いつもいつもッ、いッつもいッつもッ、俺の団子狙いやがいって、何か俺に怨みでもあんのかッ!?」
「にゃははッ、タダで食う団子は美味いなァ」
 食い物の怨みで憤怒の形相をしている京悟が、四つん這いになっている真那を捕まえようと素手で掴み掛かるが、すばしっこい身のこなしで捕り手を掻い潜ってしまう。
「きょ、京悟さも、ま、真那さも、もう止めてくんろッ」
 次元の低い喧嘩をしている京悟と真那の向こうでは、看板娘の花音がおろおろしていた。
 もちろん、彼女のか弱い制止の言葉など、喧嘩真っ最中の二人に聞こえるはずもない。
 地を駆け回っていた真那は猫のように手で顔を擦る仕草をして、獲物を狙う山猫の表情に変わる。
「ほな、そろそろお遊びはしまいや。今度は、真由の分をいただこか」
「てめェなァッ、団子が欲しいんなら、素直にくれって言やいいじゃねぇかッ!」
 京悟の至極尤もな発言に、喧嘩を止めることも忘れて呆然としていた雄慶と小鈴も無言で頷く。もちろん、二人の存在など喧嘩の当事者からは気付かれていないようだった。
「そーゆー訳にもいかんのや。食いたいもんがあったら、自分の力で盗る、それが野良猫の誇りなんやから。ちゅー訳で、大人しくうちに団子盗られたってェな」
「くっくっくっ、よくぞ言ったなッ。野良猫の誇りとやらに敬意を表して、俺も抜かせてもらうぜ。峰打ちだからって気ィ抜くと死ぬほど痛てェからなッ」
 京悟が腰に差している赤銅拵えの鞘、そこに納められているのは竹光でなどではなく、紛れもない真剣。
 彼が刀の柄に手を掛けると、そこで雄慶は我に返った。このままでは大変なことになる、止めなければ。
「止めんかッ、お主らッ! 団子一つで意地汚さ過ぎるぞッ!」
「喧しいッ! それに被害は団子二つになるかどうかの瀬戸際だッ、黙って見てろ雄――慶……?」
 間に割って入った威喝の声で京悟は誰だか判別したようだったが、雄慶に顔を向けたところで彫像のように動きを止めた。
 その瞬間、きゅぴーんと真那の瞳が閃く。
「――今やッ!」
 真那は大地を蹴り、京悟の足元を擦り抜け、皿に残っていた最後の団子一串に向かってまっしぐらに突進する。
 その時だった、何処かで見覚えがある球状の物体が上から降ってきたのは。

 ――ズドムっ!!

 球状の物体は地面に叩き付けられると、途端に破裂した。激しい風圧と電流が迸り、爆心の近くにいた京悟と真那を捉えた。
 どこからどう見ても大宇宙党の使っている『雷々圏』の炸裂だった。
「に゛ゃァ〜〜〜ッ!?」
「うわァァァァァッ!?」
 爆圧で吹き飛ばされて来た真那を雄慶が反射的に受け止め、同じく爆圧で吹き飛ばされて来た京悟を小鈴が反射的に躱すと、高い場所から高笑いが上がる。
「ほーっほっほっほっ。愛と正義の義賊、桃影見参ッ!」
 何となく小鈴が桃影のいる茶屋の屋根から店の前に視線を移すと、ちょっと前まで顔見知り同士の喧嘩に狼狽していた花音はどこにもいない。

 ……まあ、そういうことなのだろう。

「何の罪も無い茶屋の前での狼藉、お釈迦様が見逃しても、この桃影が黙っちゃいないわよッ。今度またやったら、愛のお仕置きで夜な夜なうなされること、覚悟しなさいッ!」
 夜な夜なうなされるほどの「愛のお仕置き」、知りたいような知りたくないような微妙な線だった。
 もう一度高笑いを上げてから、愛と正義の義賊は屋根の上から飛び降り、姿を消してしまった。
 周囲の野次馬たちはまだざわめいていたが、少なくとも喧嘩自体は終わったと言える。当事者たちは体が痺れて目を回しているのだから。



 茶屋での大人げない喧嘩から半刻後、一服し終えた雄慶と小鈴は再び見廻りに戻っていた。
 あの後、ほぼ同時に回復した京悟と真那は、その場でごく自然に臨戦態勢に入ったが、小鈴の機転で事無きを得た。
 小鈴が団子一皿を何事もなかったかのように戻って来た花音に注文し、京悟が真那から食べられた一串分を奢りにして、真那へは小鈴から真由にお土産にと一串あげて、双方の喧嘩する理由をなくしてしまったのだ。
 鼻歌混じりで、さっそく団子を手土産に帰って行った真那。
 数勘定では損していないのだが、それでも御機嫌斜めまま吉原の方角へ行ってしまった京悟。
 二人がいなくなっても、雄慶と小鈴は茶屋に残った。もちろん、当初の目的である見廻りの休憩のためである。
 団子三皿を胃袋に納め、小鈴は元気回復したようだった。まあ、三皿と言っても、内一皿の半分以上は喧嘩の仲裁に使っているので、たかだか団子七串である。これくらい大した量ではない、小鈴からすれば。
「ねえ、雄慶クン」
 歩きながら、出し抜けに彼女が尋ねてくる。
「どうかな、感想は?」
「うむ? ……今日はいつもより喧嘩が多いようだな」
「はははッ、喧嘩っ早いのが江戸っ子の気質だからね。――って、そうじゃなくて、この格好になっての見廻りの感想だよ。今日はまだ、信心篤い人には捕まってないよね?」
「ああ、言われてみればそうだな」
 と言っても、この格好だからと言う訳でもないだろうと思ったが、雄慶はそれを口にしなかった。衣が職を表す僧形のままでも、最近はめっきり捕まることもないからだ。
「よかったね、雄慶クン」
「かたじけない、小鈴殿」
 着流しで信者の目を誤魔化せることよりも、小鈴の配慮の方にこそ彼は感謝した。
 今日の見廻りはやたらと喧嘩の現場に遭遇したが、雄慶の妖気探知体質に反応するようなことはなかった、龍閃組の一員としては良いことである。何らかの人ならざるものが、市中に潜んでいるわけではないのだから。
 暑気に当てられる前に見廻りを切り上げることになり、二人は別の道筋で龍泉寺に戻りながら復路の見廻りをしていると、これまた目立つ格好の男が往来を歩いてくるのに遭遇した。
「むっ、あの男は確か……」
「あっ、雄慶クンもそう思った? あの人って、京で会わなかった?」
 雄慶と小鈴は顔を見合わせて、記憶の糸を辿っていく。
「うむ、目立つ身なりでもあるし、どこか俺たちに近い≪氣≫を感じるから、忘れ難かった」
「あの人って、藍を口説こうとして、ひーちゃんに張り倒されてたよねェ」
「ほんま不思議なんや、なんであれを避けられんかったんやろ?」
「龍斗は凄腕の拳法家だからな、手加減していたとは言え、普通は躱せまい」
「いっつも腰抜け侍のナマクラ刀ばっか避けよったから、勘が鈍ったんやろうな」
「へぇ、いつもそんなことやって――って、ええッ!?」
「――――!?」
 自分たち以外の声が会話に混ざっていることに気付き、二人は慌てて話題に上っていた人物がさっきまでいた辺りに目をやるが、そこには艶やかな衣装の男はいなくなっていた。
 代わりに、二人の背後でうんうんと頷いていたりする。
「「いつの間にッ!?」」
「あんさんたちが、わいの噂話しとる間にや」
 切迫した二人の問い掛けに、左眼を眼帯で覆い隠した男はしれっと答えてくる。
「一遍しかおうとらんのに、わいのこと覚えててくれたんやな、嬉しいわぁ」
 と言いつつ、さりげなく小鈴の腰に回されようとしていた男の手を、雄慶は掴み取る。
「京流の挨拶に、こういうのはなかったと思うが?」
「それがなぁ、通の間では流行ってるんやで、ほんま。まぁ、坊さんは知らんかもしれんけど」
 仏頂面の雄慶の手から、男はやんわり自分の手を引き戻す。
「それで、……えっと、……ゴメン、キミ、何て名前だっけ?」
 男、激しく泣き真似をする。
「そんな殺生な。わいの名前を忘れるやなんて、あの夜の逢瀬はなんやったんや!?」
「『あの夜』って、どの夜だよ」
 小鈴が半ば呆れつつ、白い眼で男を見遣ると、男はあっさり立ち直った。元々泣き真似でしかなかったが。
「わいのことは『もんちゃん』って呼んでやv」
「……お主、もんちゃん殿と申すのか」
 雄慶が首を捻りながら男の名を呼ぶと、相手はビシッと羽扇を彼に付きつける。
「んな訳ないやろッ! 正しくは們天丸や。あ、わいのこと『もんちゃん』って呼んでえぇのんは、妙齢の別嬪はんとわいが気に入った奴だけやからな。せやから、あんさんは『們天丸』って呼びぃ」
「そうか、們天丸殿か。――ん? 申し訳ない、拙僧らはまだ名乗っておらぬな。拙僧が雄慶、こちらが小鈴殿、まあ、……その知り合いだ」
 流石に公儀隠密の仲間とは言えず、雄慶は言葉を選ぶ。
「さよか。ところであんさん、坊さん辞めたんか? 吉原でもそうそうお目に掛かれんような、イケてる着物やんか。坊さんが着るようなもんちゃうで」
「うむ、これには話すと長い訳があってな、一言では語り付くせんのだ。言っておくなら、これは仮初の姿、拙僧は今でも僧だ」
「なんや込み入った事情がありそうやなぁ」
「ねェ、ところで們天――」
 雄慶と們天丸の会話に割り込もうとした小鈴に、すぱっと們天丸のツッコミが入る。
「『もんちゃん』って呼んでやッ、わい泣くで」
「う……、も、もんちゃんは、なんで江戸にいるの?」
「それかいな、知り合いがこっちに住んどってな、今その知り合いのとこに世話になっとるんや。いやぁ、江戸はえぇなぁ。京にも別嬪はんが仰山おったけど、江戸も捨てたもんやないで」
 物見遊山な們天丸の雰囲気に、雄慶が頭痛めいたものを覚えていると、俄かに場の雰囲気が変わった。
 険悪な、敵意とも言えるものが、こちらに向けられる。
 そちらに振り返れば、徒党を為した人相の悪い男たちが、早足で接近してくるところだった。
 彼らは一様に、こちらを睨み付けている。
 考えてみるが、自分に心当たりはない、小鈴も人に怨まれるようなことはしないだろう。思わぬことで人の恨みを買うことなど、珍しくはないが。
 取り敢えず、考え付く最大の要因は一人。
「……們天丸殿、何をした?」
 「何が?」とは聞き返してこなかった、彼もまた状況を理解しているのだろう。
「いやぁ、さっきちょっと、往来で子供に無体な真似しくさりよる小物がおったから、軽く懲らしめてやっただけや。まさか、徒党を組んで仕返しに来るとは思わんかったなぁ。江戸っちゅうところは、怖いところや」
 天誅と血風吹き荒れる京の都から来たとは、到底思えないようなことを言う們天丸。
「よォ、てめェかい、俺の舎弟を可愛がってくれたってのは?」
「……は?」
 声を掛けられた雄慶が間の抜けた声を上げると、人相の悪い集団内で遣り取りが始まる。
「兄貴、そいつじゃないッス。もう一人の優男の方ですぜ」
「ば、馬鹿野郎、おめェが『頭がイカレてるくらい、目立つ格好した奴』って言うから、デカブツの方だと思ったじゃねェか」
「いや、でも、優男の方も充分イカレた格好ですぜ」
「それを言うなら全員イカレてるだろ、あの女も」
「そうだな、あんなに丈の短い着物、おいら見たことねェ」
「奴ら、イカレ装束仲間か?」
「仲間……、となると一人だけって訳にはいかないッスね」
「あァ。――と言う訳で、てめェらまとめて――」

 ――ごすッ!

「――ぐぽッ!?」
 鉄拳が集団の兄貴分の鼻っ柱を殴り飛ばした。
 火蓋を切って落としたのは、小鈴の拳だった。
「ボクの着物を悪く言ったなッ! 動き易くてお洒落なこの着物を悪く言ったなッ! ボクが見立てた雄慶クンの着物を悪く言ったなッ!」
「ちょ、落ち付くんだ、小鈴殿ッ! ――――!?」
 もう、何もかもが遅かった。
 先制の一発で始まったのだ、喧嘩が。
 先頭に立っていた小鈴に殴り掛かろうとした一人の拳を受け止め、彼女を背中で後ろに押しやる。
「們天丸殿ッ、小鈴殿を頼む」
「任せとき」
 軽く請合う声に雄慶は少々不安を覚えながら、頭に血が昇った集団との喧嘩に巻き込まれて行く。
 相手の数は六人、素人集団である、あしらうことなど雑作もない。だからこそ、一人で立ち向かうことにしたのだ。無理だと踏めば、退くのがより良い選択だっただろう。踏み止まってまでならず者と闘う理由など、ない。
 群がる敵の拳を捌きながら、捌かれて態勢を崩した者から、順に足を払って投げ飛ばしてしまう。日頃人ならざるものや、≪力≫持つものとの闘いで鍛えられた技が、猛威を振るった。
 投げが、蹴撃が、掌撃が、絶妙の手加減で集団を次から次に打ち倒して行く。
「でりゃあァッ!!」
 あっという間に立っているのは二人、近くの一人の首根っこを捕まえ、力任せに担ぎ上げると、もう一人目掛けて人体を投げ付ける。
 あっさりと、最後まで残っていた二人は、激突してもつれるように往来に転がった。
 もう、雄慶の他に立っているものはいない。六人全員が呻き声を上げながら転がるのみ。
「うぅ……、遊び人に、手を出すもんじゃ、ねェのな……」
 妙に納得した様子で気絶してしまう集団の兄貴分。
「いや、俺は遊び人じゃないんだが……」
 聞こえていないであろうにも関わらず、雄慶は指摘しておいた。と言うか指摘せずにはいられない。
 パンパンと手の埃を払っていたところで、周囲のまだまばらな人垣が騒がしい雰囲気になる。
 気配を辿ってみると、そこには非常に最悪の状況であるかのように、数人の同心と岡っ引きが、厳しい表情で駆け付けてくるところだった。
 考えるまでもなく、拙い状況である。
 言い逃れできないほどに、天晴れなほど喧嘩した。
 捕まれば、番所で取調べを受けるのは間違いない。
 そうなると、釈放されるには非がないことを証明されるまで待たなければならないが、いつまで掛かるかも分からない。
 時諏佐が公儀隠密の名の下に手を回せば簡単に釈放されるだろうが、その事態は可能な限り避けたい。
 とすれば、考えられる内、最善なのは捕まらないこと――とんずら。
 雄慶は背後の二人に逃走を促そうと振り返り、そこで思わず動きが止まった。
 そこには小鈴と們天丸が――いなかった。
 一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、状況は理解できる。
 一刻も早く、この場を離れなければならない。
 なのに、連れとおまけの姿がない。
 このまま逃げるべきなのか、それとも小鈴の姿だけでも探すべきなのか、数瞬の間に雄慶は深く激しく苦悩した。
 もう、かなり自分を捕らえる役人が近くまで駆け付けて来ている。
 焦燥感に苛まれながらも、捕まることも止む為しかと半ば覚悟を決め掛けたそのときだった。
「雄慶クンッ!」
 それは確かに小鈴の声だった、彼女の声なら不思議と聞き間違えない自信があった。
 とっさに雄慶は周囲を見回すが、近くから聞こえて来たはずの声の主は見当たらない。
 「小鈴は一足先に何処かの路地に逃げ込んだ」――そう信じることにして、雄慶は彼女の声がしたと思える方へと駆け出した。



「――――!?」
 突然の突風に包まれた小鈴は、目を見開いて仰天した。
 さっきまで雄慶の背後で手に汗握りながら喧嘩を見ていたのが、いつの間にか視点はまったく切り替わり、屋根の上に立っていたのだから。
 小鈴は慌てて周囲を見回すと、横にいた們店丸が彼女が口を開くより先に、扇ですぐ側の往来を指し示す。
「あ〜あ〜、えらい目におうてもうたなぁ、あの坊さん」
 雄慶と小鈴を喧嘩に巻き込んだ張本人は、他人事のような口振りだった。
 しかし、迫り来る同心・与力を前にして、傍から見ても葛藤している雄慶がそこにいた。逃げるか、踏み止まるか、物凄い葛藤を強いられているようだった。
「雄慶クンッ!」
 屋根の上から小鈴が大声を上げると、彼の体がびくんと震えた。周囲を見渡しすが、屋根の上にいるとは思いも依らないのだろう。お目当てのものを見付け出すことはできず、大きく頭を振ってから厳しい表情のまま駆け出した。
 同心と与力が迫り来る方向とは反対へ向かって。
「雄ー慶ークーンッ!!」
 もう一度、小鈴は彼の名を呼び掛けるが、それを別の場所からの声と思ったようだった、雄慶は路地に入り込んで姿を消してしまう。
「声が風で拡散しよるから、坊さんは声がする方に行っとるつもりなんやろうなぁ。ほんまは、えらい近くにおったのに」
 これまた他人事のように、状況を淡々と語る們天丸。
 小鈴は屋根の縁から下を見下ろして頷いた、これくらいの高さなら大丈夫だ。
「あ、ちょっと、小鈴はん。わいが何者か気になったりせぇへんのかッ?」
 今まさに、屋根から飛び降りようとする小鈴に、們天丸の声が投げ掛けられる。
「なる、ボクをここに連れて来たの、キミの仕業でしょ。でも、そんな場合じゃないから」
 振り返りすらせず返事してから、小鈴は着地先の地面を見定めた。
「はッ!」
 掛け声で調子を取り、小鈴は平屋の屋根から飛び降りた。身軽に往来に着地すると、一挙動で駆け出し始める。同心たちに追われる雄慶を追って。
 一人取り残された屋根の上で、們天丸は大きな吐息を漏らす。
「行ってもうた……。あんときの別嬪はん紹介してくれたら、わいのこと教えたるって持ち掛けよう思うてたんやけどなぁ。……まぁ、えぇか、また逢うこともあるやろ」
 們天丸は最近某所で獲得した扇を、すっと掲げた。
「それにしてもほんま、江戸は怖い怖い。『火事と喧嘩は江戸の華』やゆうんやから。わいやったら、華は喧嘩より別嬪はんの方がえぇわぁ」
 扇一閃――巻き起こる旋風が、們天丸の体を包み込む。
 愛宕山からやってきた験力使いは、江戸近郊の「知り合いが住んでいるところ」へと、風に乗って帰って行った。



 なお、不幸にも巻き込まれた喧嘩のせいで、同心から散々追い回されることになった雄慶。彼は結局逃げ切ることに成功したが、これに懲りたらしく、僧衣以外での見廻りは金輪際やるまいと、固く誓った二十一の夏の日の出来事だった……。



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(那由他さんのコメント)
 『火事と喧嘩は江戸の華』って言いますから、江戸の風物として『喧嘩』を使ってみました(<をい)、『火事』だとかなりシャレにならないので。
 この「雄慶×小鈴」は、双方共にそれが恋だと自覚していない状況です。周囲の聡い仲間は気付いていますが(笑)。
 ちなみに、小鈴の用意した派手な着物の柄は御想像にお任せします(<無責任)。倹約令が敷かれていた時代なら、華美として奉行所から罰せられているとでも思って下さい。それくらい派手です、誉めた人(龍斗・小鈴・十郎太・們天丸)は全員特殊な感性の持ち主ということにしてあります(笑)。
 本当は茶屋での喧嘩で雄慶がオチを言って終わる予定だったんですけど、ストーリー性を重視してコメディー度を殺してます(苦笑)。最後の、オチてないかも……(汗)。
 とまあ、こんな感じですが、受け取っていただければ幸いです。

 それでは――


とゆー訳で、お題は『雄慶×小鈴と江戸の風物』でした。
ちなみにゲーム内の時期は『蛍』と『紅綯』の間だそうです。
ほのぼの陽だまりのような二人の関係がとても良かったです(^^)。
 小鈴が選んだのは們天丸が着てるような奴かと思ったんですが、もっと派手な代物のようで。
私的に一番笑えたのは茶屋での喧嘩でした。桃影のキレっぷりが…(笑)。
個人的にお気に入りな們天丸も出て来て嬉しかったですわ。

…ところで、龍斗はともかく藍様が雄慶の服装に何も言わなかったのは?
彼女の感性も実は特殊……とか(笑)。



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