アンブラスモア




肩、もしくは腰に腕を回して抱き寄せ、
顎に手を添えて上向かせる。
相手が目を閉じて自分に体重を預けてきたら、OKの印。
 
(い、今…まさにその状態……)
 
人気のない路地。自分の他には、腕の中の少女しかいない。
薄い桜色の唇に、コクと息を飲む。
 
(据え膳食わぬは男の恥)
 
顎に添えていた方の手を、少女の首の後ろに回して固定させる。
自分は身を屈め、少女の唇に合わせて顔を傾けた。
お互いの唇があと数ミリで重なろうとした、その時。
 
──パーンパカパーンパパパーン・パパパパーン♪──
 
ごく近距離で小気味いい電子メロディが鳴り響いた。
途端、ハッと瞑った両目を開き少女は腕から擦り抜けて音の出所に手を伸ばした。
 
「はいっ………うん、私」
 
電子メロディは少女の携帯の呼び出し音だ。
JRAの東京競馬場で行われるG1レースで奏でられるファンファーレだった。
 
(ちなみに、つい先日まではスパイ大作戦だった)
 
据え膳に逃げられてしまった少年は、肩を落としてアスファルトと仲良くしている。
指折り数えてこれで5回目の失敗だ。全戦全敗である。
いつもあとちょっと、という所で邪魔が入る。
少年だって、硬派で通っていても年頃の健康で健全な男のコだ。
好きな女のコとふたりきりでいい雰囲気になったら、
キスもしたいし、もっと他のことだってしたいと思う。
最近はあの柔らかそうな唇を塞ぎ、折れそうに細い体を掻き抱く夢まで見る始末だ。
 
「うん……ん、わかった」
 
通話を終えると、少女は背を向けて項垂れてしまっている少年を見て、
少し悪いことをしたような、でもホッとしたような微妙な表情をした。
哀愁まで漂わせ始めてしまった少年の広い背中をポムポムと叩き、
 
「雄ちゃん、帰ろ」
 
と何事もなかったように、首を傾げて少年を促す。
その仕草が可愛らしくて、少年はいつも少女の言う成りだ。
仕方がないなというように、人好きのする笑顔を少女に向ける。
少女は少年のこの包容力のある笑顔が大好きだ。見ると安心する。
もっとも、それを少年に告げたことはないから本人は知らないだろうが。
 
少女は葛飾からこの新宿の真神へ通っている。
下校時は、だから新宿の駅まで一緒という事になる。
普段はいつものメンバーと賑やかに帰るのだが、今日は偶々二人きりになった。
 
(滅多にない機会だったんだが…)
 
残念ながら視界の向こうに新宿駅が見えてきてしまった。
 
(まぁ、また次に期待するか)
 
少年は隣を軽やかな歩調で歩いている少女を盗み見て思った。
その少年の視線が、不意に少女の視線と絡む。
 
「ん、どうした?櫻野」
 
「雄ちゃん、髪に落ち葉付いてる」
 
少女は40センチも上にある少年の頭上を見上げて言った。
「取ったげるから、ちょっと屈んで」という少女に従って膝を折る。
同じ高さに来た少年の顔に少女は自分の手を添えると
 
「ウソ。何も付いてないよ」
 
と言って少年の頬に口付けたのだった。
 
「!!?」
 
チュ・と柔らかく頬に押し当てられた唇の感触を、
最初何が起こったのか把握できなかった少年は、暫く唖然としていたが。
 
「また明日学校でねー!」
 
と手を振って駅の方へ軽やかに駆けていく少女の声で我に返った。
火が付いたように顔が熱い。
温かな余韻の残る頬に手を当て、駅の方向へ消えた少女を思い浮かべる。
ようやく現状を理解すると、思わず拳を握って小さくガッツポーズを作った。
続いてやっと追いついてきた照れ臭さで、顔が火照る。
 
少女の唇は夢に見た通りに柔らかで、温かかった。
 
 
 
今日は眠れそうにない。




『微風(参)』が悲恋っぽかったので、
リベンジにと書いて下さったお話です♪
彼はこういう純情な所も可愛いんですよねvvv
本当にありがとうございました〜(^^)。




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