思いやりの結末







一通の封筒がある



何の変哲もない、ごく普通の白封筒。

外側には何も書かれておらず、裏も表も完全に白。

綴じ代にはきっちり糊付けしてある。

それ以外特徴もない、正真正銘のただの封筒。





が。



この封筒が醍醐雄矢の苦境の原因であった。



「ぜー…ぜー…ったく、てこずらせやがって……」



その封筒は一人の少年の手の中にある。記憶違いでなければ『親友』である筈の少年を、醍醐は苦々しい表情で見上げた。

疲労困憊している少年の頭は、醍醐より遥かに高い所にある。ただし、少年の背が高いのではない。醍醐の頭が極端に低い位置にあるのだ。



端的に言えば、醍醐は床に伏せられていた。

いや、正確には押し潰されていた。



醍醐の上には、妙に興奮した生徒が何人も積みあがっている。呼吸さえ圧迫される重量の下、身じろぎもまともにできない。

「ふふふ…一人じめ……しようとする、から…だぞ…」

「お、もい…どけ……蓬莱寺、早く中身を……!」

頭上からの執念の声に、醍醐は現実から逃げ出したくなるココロを引き戻す。

…比喩ではなく、頭が痛い。決して酸素不足だけが原因ではない。

(なぜ俺は、こんな目に合っているんだ…)

人布団に押し潰されながら、醍醐は心の中で呻いた。







それは今日の放課後、部室に向かう途中のこと。



「や、大将」

人気のない渡り廊下で、醍醐雄矢は緋勇龍麻に声をかけられた。

龍麻はコート姿に学生鞄を下げて、トコトコと近づいてくる。通学用の靴に履き替えているところを見ると、玄関から回ってきたのだろう。

「おう、龍麻。今帰りか?」

「ん」

「そうか………何か用か?」

これから帰ると言ったにも関わらず、龍麻に立ち去る様子はない。

何用かと首を傾げた醍醐に、龍麻はコートのポケットから出した物を差し出した。

「…?」

出されたのは、一通の白い封筒だった。見たところ宛名の類はない。反射的に受け取ったものの、すぐ醍醐は(軽率だったか?)と悔いた。

他の誰でもなく、『龍麻から』渡されると、ただの封筒も破滅への片道キップに思えてくる。

「…中身はなんだ?」

「んー、激励の品」

「激励…」

「または『お守り』ともいう」

「『お守り』…」

とりあえず無害そうな中身に、醍醐はほっと息をついた。………もっとも、『何の』お守りかという問題があるが。

「よく分からんが…これを俺に?」

「ん。ダイやん限定の『お守り』だ」

『限定』という単語に、醍醐は嫌な予感がした。

「………どういう『お守り』か、聞いてもいいか?」

「見ると『元気』になる、多分。もしかしたら『にへらにへら』とか『でれでれv』とかするかもしらん」

「………」

醍醐は封筒を改めて観察した。―――厚みがほとんどない。

「…随分と薄いな」

「印画紙一枚だし。効果絶大、費用軽微、コストパフォーマンスめちゃ良し」

「印画紙…?!」

※【印画紙】紙の表面に写真乳剤を塗布した印画を作るための感光材料。



要するに写真。



「なんの写真だ!?」

「無論、ゆーやんの嬉しい写真だ」

「――――――」

あっさり返された答えに、醍醐は絶句した。そんな醍醐をあっさり無視して、龍麻は腕時計に目を落とす。

「お。もうこんな時間か。じゃ、俺帰るから」

「ちょ、ちょっと待て龍麻!一体何が写ってるんだ!?」

「ん?……………………………家に帰ってから見た方がいい」

「その不自然に長い沈黙はなんだ?!」

「男の子だもんな。一枚くらいは欲しいだろ?」

「何を?!」

「んじゃ、練習頑張れ」

くるっと踵を返すと、龍麻はさっさとその場から立ち去ってしまった。

後に残されたのは、酸欠金魚のように口をパクパクさせている醍醐。



――――パチッ

不意に、小さな音がした。軽くごく微かなそれは、渡り廊下を見下ろす窓の一つからした。

しかし激しい動揺の中にある醍醐は、その音に気付きもしなかった。ただ頭の中で疑問が竜巻を起こしている。



(一体なんだ「男の子だもんな」って何の関係がいやそれよりまず『にへらにへら』とかが変だぞ大体写真がなんで『お守り』にそういえば『元気』になるとかちょっとまて『元気』というのは普通の意味なのかそれとも…って俺は何を考えているんだ!いかん京一に毒されてるぞまずは落ち着くのが先決だ基本を考えると『俺が嬉しい写真』ということだから…桜井?って待て待て待て!!い、いやまあ可能性の問題だからして…って誰に言い訳しているんだ俺は。しかし何故家に帰ってからがいいんだ人に見られてはならないのか?………まさか……いくらなんでもそんな不埒な……って別に期待している訳では断じてないぞ!そうだいくら龍麻だってそんな……そんな………だがやるかもしれん、アイツなら……)

醍醐はぎぎぃっと首を動かし、硬直した手の中にある封筒を見た。

そうだ。この中身はひょっとすると、とんでもない物かもしれない。

それこそ、持っていると知られたら自分の人格を疑われるような、何かが。



なにしろ奴は―――――緋勇龍麻なのだから。



(いかん!人目につく前に隠さねば!!)

思考の迷走から帰還して、まず思いついたのはそれだった。恐らく一番安全な対応だったろう。

「―――オイッ醍醐!」

…遅きに失したが。

「!?」

間近、しかも背後からの声に醍醐は文字通り飛び上がって振り向く。後ろに呆れた様子の京一が立っていた。

「きょッ、京一!いつからそこにッ!?」

「さっきから声かけてたろーがッ。何ボーッとしてんだよ、後ろから斬ってやろうかとか思ったぞ」

さり気なく物騒な事を言う京一。しかし、醍醐に突っ込みを入れる余裕はない。慌てて封筒をポケットにねじ込む。

「そ、そうか…すまんな。帰りか?」

「まぁな……ん?」

落ち着きのない醍醐を訝しげに見返し、京一は目ざとく封筒に気付いた。

「なんだそれ。手紙か?」

「あ…いや…これはその……」

「凄ェ汗だな…。大丈夫かよ?変だぞお前」

「お、おかしいことなどない!これはその…写真だッ」

完全に平静を失っていたとはいえ、この答えは明らかに失敗だった。これだけの動揺の原因が写真と聞けば、好奇心が刺激されるというものだ。事実、京一の態度は興味津々に変わる。

「何の写真だよ?」

「そ、それは…何でもいいだろうッ」

「気になんじゃねぇか。何だよ、見せらんねぇものなのか?」

「〜〜〜お前には関係ない!しつこいぞ!!」

「何だと!?」

焦りから怒鳴ってしまった醍醐に、京一も反射的に怒鳴り返す。隠されるほど気になるのが人情というものだ。ムキになった京一は封筒を奪い取ろうと手を伸ばし、醍醐はその手を交わして封筒を遠ざける。

「見せろ!」「嫌だ!!」と封筒を巡っての揉み合いは次第にエスカレートし、終いには京一は木刀を抜き、醍醐は足甲を装備する。本気で闘気をぶつけ合う姿は迫力に満ちていた。

「ったく、強情な野郎だな!そこまでして隠すような……そうか、分かったぞ」

ぎく!

「な、何がだ!?」

「そこまでして隠す写真………ずばり、さやかちゃんの生写真だな!?」

「……………いや……そうか?……しかし……」

偏りまくった推理に醍醐は本気で反応に困った。中身を知らないのだからそんな断言されても答えようがない。

『そういえば装備品に舞園の写真ってあったなー』とか『ひょっとして本当にそうか?』といった考えも過ぎってしまう。

そんな醍醐の躊躇を肯定と取り、京一にそれまでとは違った気迫が満ちる。ファンの≪愛羅武優!(暴走族か)≫精神通り越して禍々しいオーラである。

「さやかちゃんの写真とあっちゃ、見逃す訳にいかねぇな…地摺り青眼!」

「うぉ!?ちょ、ちょっとまて京一!これが舞園の写真だと決まったわけでは、だあぁ!」

襲いくる氣の刃から間一髪逃れる。――説得など聞いてもいないのは明らかであった。

どう見ても戦闘時より気合いの入ってる技を容赦なく繰り出す京一に、気迫で押されている醍醐は防戦一方。

ハイレベルな攻防である。…原因は果てしなく下らないが。



「―――蓬莱寺!!」

突然声が割って入った。続けて十数人の生徒がこちらに駆けてくる。

彼らの姿は彼らの素性をこの上なく語っていた。―――剣道着の集団である。

「オイ蓬莱寺!稽古の約束放ってどこに行く気だ!?」「主将!試合は来週なんですよ!?時間がないんです!」

向き合っている醍醐は目に入ってない。剣道部員たちはどう見ても対戦中な様子に疑問も挟まず訴える。

どうやら部活に出ると言っておきながらすっぽかした主将を捕獲に来たらしい。

「引っ込んでろ!取り込み中だッ」

「そう言って逃げるつもりだろう!今回ばかりは逃がさんぞ!」「約束は守って下さい主将!!」

「あ〜〜〜〜〜〜!うるせぇッ!!」

四方八方からの声に郷を煮やした京一は、群がる後輩&同級生に向かって言い放った。

「手ェ貸したら1ヶ月でも2ヶ月でも出てやる!」

…………

『すみません醍醐先輩ッ!』『許せ醍醐!!償いはするッ』

一瞬で醍醐を囲んだ剣道部員たちは、どこまでも正直だった。

「こら待て!」

「絶対負けられないんです!主将の指導が必要なんですッ」「剣道部の将来と後輩たちのため!涙を飲んでくれ!」

「飲めるか!少しは落ち着け!京一のたわ言に…」

『事の正否など無用!!』

何処に持っていたのか、竹刀を一斉に取り出し向ける。傍から見ると、集団リンチ以外の何物でもない。

「だぁぁぁぁぁぁ馬鹿どもが――――――――!!」

躊躇もせずに打ち込んでくる竹刀を跳ね飛ばし、醍醐は逃げ出した。その後を竹刀集団が追いかける。



何があっても教育委員会に見せられない光景であった。





・中庭・



『待てーーーーーッ!!』

「待てるかーーーーッ」

ばだどだだだだだだだだだだだッ



討ち入り?学内テロ?と聞きたくなる爆音に、何事かと人が集まりだした。

竹刀の雨を掻い潜る真神の総番、という光景に目を丸くするギャラリーを横目に、騒音源たちは中庭に乱入した。

「ちッ!」

広い場所はますます不利である。状況に歯噛みしつつ、醍醐は竹刀を捌いて少しでも有利な位置を取ろうとする。

部員が群がっている限り、京一も巻き添えになる技は出さない…だろう。多分。きっと。だといいな。

京一の行動が制限されているうちになんとか…!

「お願いします!今すぐビデオっぽく一時停止して下さい!」

「人間にできるかそんなこと!!―――京一、お前ここまでする必要がどこにある?!」

「やかましい!素直に吐け!!さやかちゃんの生写真だろ!?」



『何ィィィィィィィィッ!?』



通行人が振り返り、窓や渡り廊下の端から人が生え、その辺の植え込みから両手に枝をもった迷彩服の生徒が飛び出し、木からバットを構えた野球部員の上半身が逆さまに現れて叫んだ。

「おいちょっと待て!なんでそんな所から出てくるッ!?」

『習性だ!』

なかなかツッコミにくい返事である。

『そんなことはどうでもいい、蓬莱寺の話は本当なのかッ?!』

「いや、どうでも…って、ともかく違う!(…多分)京一の妄想だ!(…と思う)」

「うそつけ!一人占めする気だろう!」

『ほぅ…!』

場に殺気が満ちる。闇に染まりながら目だけ光らせる団体は、果てしなくホラーちっくだった。

「だから、何故舞園の名前が出てくるんだ!」

「そこまでして隠す価値のある写真なんて、さやかちゃんの写真しかない!!」

「そんなわけあるかッ!!」

しかし、周囲は深く頷いていた。

図らずも舞園さやかの人気が証明された一瞬であった。

「お前ら正気かッ!?」

『問答無用!よこせぇぇぇぇぇ!!』





そんな訳で。

数時間に及ぶ追いかけっこの結果―――――現在、醍醐は人の山に取り押さえられていた。



「へッ。とうとう『天狗のお亀土器』だな」

「それを言うなら『年貢の納め時』だッ!!いい加減にせんか!」

ようやく息を整え、京一は醍醐を見下ろし勝ち誇る。その手にはつい先ほど強奪した封筒。

「蓬莱寺…!は、早く中身を…」

「し……死ぬ…重……さ、やかちゃん…」

睨み合う京一に、人間重石から苦悶の声がかけられる。山の下の方は口を開く余裕がないので目で訴えてくる。

「へへッ慌てんなって!今見せてやるからよ…」

同士どもの見守る中、京一は封筒を覗き込む。―――中には一枚の写真。

『………』

ごっくん

固唾を飲んで見つめる目、目、目。その全てが期待に満ちている。

慎重な手付きで封筒から取り出し、ゆっくりと表に返した。期待に輝く目が画像を捉える。

そして。



「…………へ?」



間の抜けた声が漏れた。少なくともアイドルのお宝写真に対する反応ではない。

不審に思った周りの生徒が手元を覗き込み、

『あ?』

全く同じ反応をした。

そこにあったのはハンターたちの想像とも、醍醐の想像とも違うものだった。

写真に大きく写っているのは一人の少女。だが、それは国民的アイドルではなかった。



明るい茶色のショートヘア。

体操服で頭にはハチマキをしている。

クラスメイトと肩を抱き合い、浮かべるその笑顔は、実に嬉しそうで鮮やかな生気に溢れていた。



「小蒔…?」

惚けたように京一が呟く。そう――――笑顔の少女は、紛れもなく桜井小蒔であった。

予想外の中身にざわめきが広がる。

「これって、体育祭か?」

覗き込んでいた生徒が指摘した。確かに、周りの様子からしてこの写真は体育祭の一場面らしい。

「体育祭の写真って…掲示板に張り出されてるよな。こんな写真あったっけ?」

「いや、なかったと思うぞ。あれば下級生から注文殺到するだろ…桜井人気あるから」

「ということは、つまり……」

『…………………………………………』



沈黙。

一瞬全員の視線が醍醐に集中し、すぐに逸らされた。

「えーと…その、悪かったな」

目を合わせず、京一は写真を封筒に戻した。

ゆっくりと、速やかに、醍醐から生徒たちが離れ出す。

「あー…誤解があったみたいだなッ。うん、早とちりはイカンな、やはり」

「その…俺たちは何も見てませんから。ええ、まったく見てません」

次々に謝罪(?)を口にするも、誰一人醍醐から目を離さないが目は合わせない。醍醐を中心に空白はじりじりと広がっていく。張り詰めた空白の中、醍醐は無言で身を起こした。

少し離れた位置に封筒を置き、京一はわざとらしいさり気なさでくるりと身を翻した。

「じゃ、じゃあ約束通り稽古を始めるか!」

「そ、そうですね。それじゃこれで…」

「えーと、俺たちも部活に…」

「おお!もうこんな時間か。予備校に遅れてしまうなあ」

「むう、あと600秒で作戦開始ではないか!急がねば」



「待て」



その声は静かだった。

そして、圧倒的圧力を持っていた。



うやむやで逃げようとしていた面々が凍りつく。

ゆらり、と立ち上がった醍醐から強烈な《氣》が立ち昇った。満ちる《氣》に反し、醍醐はどこまでも静かだ。

その静けさは、例えればギロチンを留める、一本の紐。



『お…落ち着け醍醐!』

近づく破滅の気配に耐え切れなくなり、立場の逆転したハンターは一斉に喚きだした。

「そ、そうだよな。お前にはさやかちゃんの生写真並の価値があるんだよなッ?心配するな、今さらお前の趣味にケチ付ける気はねェから!」

むかっ

「そうですとも!隠し撮り写真とはイメージにそぐわなくてはっきりと意外ですが、人の嗜好は様々です!」

ぐさっ

「あ、安心しろ!言いふらしたりしないから!どうせ桜井以外にはバレバレなんだし!!」

ざくざくっ

「大丈夫!『オイオイ隠し撮り写真後生大事に抱えて…ストーカーとかに走んなよ?』なんて思わないから!!」

……………………………………………………………………



ぷつ



―――――――何かが切れる音が、響いた。







・同日同刻、新宿某所



「………ん?」

何かの叫び声が聞こえた気がして、龍麻は読んでいた本から顔を上げた。

窓を開けて辺りを見回した。…特に変わった様子はなく、おかしな気配もない。気のせいだったかと思い、窓を閉めようとしたとき、再び叫び声が聞こえた。



ぐるるるみ゙ぎゃあぁぁぁあぁおんッ



「ネコか」

叫び声を聞こえたのは、猫の鳴き声だったようだ。目を凝らしてみれば、マンションの隣にある民家の塀の上で2匹の猫が睨み合いの最中だった。縄張り争いかメスの取り合いかは知らないが、さきほどから一戦交えていたらしい。一方は見えないが、一方はトラ猫である。

おそらく最初に聞こえた声も猫だったのだろう、そう結論づけて龍麻は窓を閉めた。

カーテンを引くとき、窓の下で身構えているトラ猫が目に入った。ふと醍醐のことが浮かぶ。

――――『お守り』は気に入って貰えただろうか?



新聞部の手伝いでの事。

体育祭の写真整理をしているときに1枚の写真を見つけた。

小蒔の写っていたそれは、龍麻の記憶が確かならば100m走で1位を取ったときの光景だった。

生気に満ちた、実に気持ちのよい笑顔。

清々しいそれに和んだ龍麻は『そう言えば』と、醍醐が近々試合を控えていることを思い出した。

そこで、勝利の写真で小蒔の笑顔ならばさぞかし彼を力づけるだろうと思い、遠野杏子に頼み込んでその写真を譲ってもらったのだ。

そして、普段ならば色々と条件を付ける新聞部部長は「醍醐にやるため」と素直に話したらネガごと写真をくれた。



(無償で譲ってくれるとは、アン子もいいトコあるな)

写真を渡すときの、やたらとにこやかな表情を龍麻はしみじみと思い出す。

(試しに公開しないでくれと頼んだら二つ返事でOKしてくれたし。今度何かお礼しないとな)

プレミア度が高い方がモチベーションが上がるだろうと思っての事だったが、ああもあっさり承諾するとは意外だった。

小蒔のファンには悪いが、これも友情のためである。別に悪事を働いた訳ではないのだ、この程度の手廻しは大目に見て欲しい。

(掲示されても大将の事だから、絶対に焼き増し注文しないだろうし。……そういえば、家まで我慢したかな。ちゃんと注意したから大丈夫だと思うけど…誰かに見つかって冷かされたら可哀想だもんな)

奥手な友人の不器用な態度は傍から見ているだけで中々楽しくもあるが、少しなら介入してみるのも更に楽しそうなのだ。ヤバイ写真ではないし――醍醐にそんなもの渡したら卒倒する――もし小蒔にバレても悪い方に事態が転がることはないだろう。素直に「龍麻に貰った」と言えばいいだけだ。

そう来てくれたら、あれこれと吹き込める。上手く行けば進展がありそうで、むしろ龍麻は期待しているくらいだ。

(まあ、バレるって可能性は低いけど。性格からして秘密を死守しそうだし…それならそれで、写真はその苦労へのご褒美って事で)

好きな相手の写真の一枚くらい、こっそり持っていてもバチは当たるまい。



今ごろ家で困惑しながらも和んでしまい、無駄に悩んでるだろう友人の姿を想像して。

龍麻は実に楽しそうに笑った。





その笑顔の数十分後。

真神はちょっとした騒ぎの真っ最中だった。



「………………まったく、面倒な…」



謎の猛獣の咆哮と悲鳴の大合唱の後、音源と思しき場所に駆けつけた生物教諭は人体の山を発見した。

すぐに教職員総出で救出作業が行なわれ、意識を取り戻した者から事情聴取が行なわれたものの、全員丸一日分の記憶が飛んでいた。

山の一番下で潰されていた剣道部部長は意識が戻らず、某緊急指定病院に運びこまれることとなった。





そして次の日。

醍醐は龍麻から写真の出所を聞き、一目散に新聞部へと駆け込んだ。

部室の中で如何なる遣り取りがあったのか、それは誰も知らない。



そして『お守り』がどうなったか、それを知る者はいない。

ただ。



この後、醍醐が決して生徒手帳を他人に触らせなくなったという事は確かである。



END
…これは幸せなのか不幸せなのか(笑)?
暴走する京一&一般生徒が凄かったですね。
墓穴掘りまくりで自滅した彼らに合掌。
『某病院=桜ヶ丘』に搬送された京一は…まあ、自業自得って事で(邪笑)。

切れのいいギャグセンス、ぜひ見習いたい所です。
毎度楽しい笑いを提供してくださる雪笹さんに感謝!

賜り物部屋へ