久遠刹那 異聞之参





 ――薄暗がりの中、ぐったりと座り込んだ五人の高校生。

 その一人、蓬莱寺京一は背中合わせに座っている転校生、石動湧に話し掛けた。…酷く疲れたような口調で。

「……どーすんだよ、これから?」

「どーしようかねェ…?」

 のんびりと応える湧の声にも心なしか力がない。

「(モグモグ)…葵ィ、ハンバーガーとピザ、どっちがいい?」

「…今、お腹すいてないから…」

 腹が減っては戦もできぬ、とばかりにピザを頬張る小蒔と、差し出された食料を複雑な表情で辞退する美里。

「…………出口は、どこなんだろうな…?」

 醍醐が呟いた言葉に他の四人は動きを止め、一様に遠い目をした。

 垂れ込めるのは、重い沈黙……。



 ――ここは、真神学園旧校舎地下・大洞窟内部。

 東京は新宿のど真ん中に存在するこの場所で、彼ら五人はものの見事に遭難していた――――。






偽典・東京魔人學園〜久遠刹那〜


異聞之参 放課後だんじょん






 ――きっかけは、新聞部部長の言葉だった。

「…お願いッ!旧校舎の取材、付き合ってよ!」

 土曜日の放課後、3−C教室を訪れた杏子がそう言った。

「取材ったって…おとといやったばっかじゃねェか」

 なんでまた、と訊いた京一を杏子はキッと睨みつけた。

「そりゃあ、あの時はアンタたちの《力》の事なんて知らなかったもの。知ってたらあんな表面的な記事なんかにしないで、もっと徹底的に真実を掘り下げた、実のあるスクープを…」

「あ、あの…アン子ちゃん?その話は…」

 一生の不覚、と歯軋りする杏子に美里が慌てて声を掛ける。

 花見で遭遇した殺人鬼を相手に、湧たち五人が見せた超人的な《力》。それ自体は記事にしないと約束したのだが…。

「わかってるわよ、あの事を記事にするつもりはないわ。…でもね、旧校舎に出た化け物と、アンタたちを包んだっていう蒼い光…そして恐らくはその時に宿っただろう不思議な《力》。これだけ揃えば間違いないわ。旧校舎には、まだあたしたちの知らない秘密が隠されている」

 キラリ、と眼鏡を光らせ立ち上がった杏子は、拳を握り締めてキッパリと宣言した。

「その秘密を突き止め、必要とあらば世間に知らしめる!それが新聞部の…いえ、真実を追究するジャーナリストに課せられた使命なのよッ!!」

 その迫力に圧倒され、暫く言葉も出ない五人。醍醐がおずおずと口を出す。

「…しかしだな、遠野。あの時の化け物があれで全てとは限らないわけだし、もう一度入るというのは…」

「そう、所詮あたしは闘う力なんて無い、か弱い女の子…」「誰がだよ――ぐァはッ!?」

 余計な茶々を入れた京一を張り手一発で吹き飛ばし、杏子は先を続ける。

「でも、だからこそッ!ここで真実をハッキリさせないと、また誰かが同じような目にあうかもしれない。化け物に喰い殺されるのか、それとも…」

 周りを憚ってか、杏子はそこで口をつぐんだ。しかし、湧たちには彼女が何を言いたいのか、わかっていた。

 ――――アンタたちのように《力》を得るのか。



「……いいんじゃない?」

 ややあって、湧が言った。

「遠野さんの言う事も一理あるし、俺もあそこには興味あるしね」

「さっすが、石動君ッ。話がわかるわ〜」

 湧たちはあの場にいた蝙蝠を全て斃したわけではない。一応入口は塞いできたとはいえ、破れた窓から抜け出した蝙蝠が一般生徒を襲わないとも限らない。

 抜け穴にしても何人かの生徒には知られているわけで、今後面白半分で入った生徒が全て…とは言わないにしても何割かが《力》を得るような事があるなら――想像するだに厄介な事になる。

 少なくとも、改めて旧校舎内の調査をする価値はあるように思えた。

「だがな、石動。遠野を連れて行って、もしもの事があったら…」

「だったらさ、まずボクたちで入ってみてから、大丈夫だって思ったらアン子を連れてくのはどうかな?」

 小蒔が横合いから口をはさみ、醍醐が渋い表情になる。

「問題ないよな、醍醐?」

 笑顔で駄目を押す湧に、醍醐は反論できなかった。



「――じゃあ、明日の昼過ぎ…一時ごろ、抜け穴の前に集合な」

「頑張りなさいよ、しっかり調べてきてよねッ!」

 自分を連れていかない事に難色を示した杏子も、「嫌なら一切協力しないからヨロシク」とまで言われては引き下がるしかない。

 そんなわけで、人のいない日曜日を狙って、彼ら五人は再び旧校舎へ潜入する事になったのである…。





(――そういえば醍醐の奴、旧校舎の地下には軍の実験施設があるとか言ってたな…)

 帰り道、ちょっとした気まぐれで書店に寄った湧は、参考になるかとその手の単語が並んだ棚を捜した。

 …が、そこにあるのはいわゆる『トンデモ本』ばかりで、とても役に立ちそうな情報は見当たらなかった。

「……ん?」

 と、その時一冊の本が湧の目にとまった。

 地下遺跡、宝物、冒険…などといった言葉が並んだその本を手にとる。

(…ふむふむ……)

 十分後、買ったばかりの本を片手に、書店を出る湧の姿があった。





 翌日――日曜日、午後一時半。

 いい加減しびれを切らしていた小蒔が、ようやく現れた京一を見て声をあげた。

「もォッ、ナニやってたんだよッ!」

「わりィわりィ、ちょいとラーメン食ってたら遅くなってよッ」

 三十分遅刻の京一が本日最後のメンバーである…罰ゲームはない、念のため。

「よーし、全員揃った事だし行こうか」

「それはいいが、石動。…本当にその格好で行くのか?」

 醍醐の言葉に全員が湧を見る。服装自体は他の四人と同じく真神の制服だが…。

「…ナンだよ、その大荷物はッ!?」

「なにって…『ボウケンシャ』の必需品」

 目を丸くする京一に、湧は平然とそう答えた。

 背中に背負ったでかいリュックと丸めた毛布らしき物体、腰には幾重にも巻いた太いロープや大型の懐中電灯…冬山登山にでも行くような出で立ちである。

 その上、何に使うのかは不明だが、長さ3メートルもある棒(物干し竿らしい)を持っていたりする。

「その棒…邪魔じゃないかしら?」

「えー?だけどさ、10フィート棒があれば落とし穴とか探るのに便利だぞ?」

 なんたって地下遺跡なんだし、と主張する湧に醍醐が呆れた溜息をつく。

「石動…どうして軍の実験施設に落とし穴があると思うんだ?」

「…………ない、かな?」

 真顔で訊く湧に、四人は首を縦に振った。



 その後、一応棒を持ったまま旧校舎に入った所、あちらにぶつかりこちらに引っかかりでまともに歩く事もできないと判明。

 ――――10フィート棒、廃棄。





「ここが、地下への入口かァ…」

 旧校舎の地上部分をひととおり捜索したものの、これといった発見はなかった。

 腐った階段を醍醐が踏み抜きかけたり、崩れてきた机の山に京一が埋もれたりした以外は特に何事もなく、彼らは一階の奥で見つけた怪しげな扉を前にどうするか相談していた。

「ずいぶん、頑丈そうだな…」

 扉、といっても床の穴に分厚い鉄板を乗せて取っ手と蝶番を付けたような代物である。ご丁寧に大きな南京錠まで掛けられていた。

「けどよォ、こんだけの目にあって収穫が何もナシ、じゃあバカみたいだぜ?」

 痣まみれ埃まみれの京一が不服そうに言った。

「鍵を借りる…わけにもいかないわよね…」

 貸してもらえるわけがない。そもそも他の人間に見つからないよう、この日を選んだのだから。

「ふっふっふ…まーかせなさい」

 言って進み出たのは湧…その手にあるのは、針金。

 床に座り込むと、南京錠に針金を突っ込んでいじり始めた。

「そんなものまで…」

「石動クン、鍵開けなんてやったコトあるの?」

 興味深そうに訊く小蒔に湧は即答した。

「ある訳ないじゃん」

 ……数秒の沈黙。

「――だったら何やってんだよ、お前はッ!?」

「閉ざされた扉を見つけたら罠外しと鍵開けはお約束だろッ!」

 訳の解らない主張で京一を黙らせ、作業再開。



 五分経過。

「――あれ?」

 べき、という小さい音に京一が湧の手元を覗き込む。

 鍵穴に差し込まれた部分を残して、針金が折れていた。

「………………」

 無言で見つめる京一から目を逸らすと、暫し考え込む湧。

「……ふッ!!」

 ボゴォッ!と派手な音がした。



「いやー、悪いな醍醐」

「まったく……むんッ」

 醍醐は歪んだ扉の縁に手をかけると、一気に持ち上げた。

「…あーあ、カギが粉々…」

「本当、丈夫そうな鍵がこんなになるなんて…凄いわね」

「そーゆー問題じゃねェだろ?美里…」

 ゼロ距離からの《発剄》で木っ端微塵になった南京錠に感心するやら呆れるやら、の面々である。

 錠前もろとも扉の取っ手まで吹き飛ばした湧はといえば、醍醐が扉をこじ開ける横でなにやらリュックの中を探っている。

「開けたはいいが…やはり梯子はないな」

「…ホイ、これ」

 中から出てきたのは、縄梯子だった。





「――気をつけろ、桜井、美里」

「上見んなよ、京一ッ」

「誰が野郎のパンツなんか見たがるかよ、びしょうね…ンぅわああァァッッ!?」

 ぐしゃ。

「フン、だ」

 蹴り落とした京一の横で綺麗に着地を決めた小蒔がそっぽを向いた。

 京一の上に降りなかったのは、せめてもの情けである。

「広いわね……」

 最後に降りた美里が周囲を見回す。

 縦穴を十メートル近くも降りただろうか。岩盤をくりぬいたような、かなり広い空間がそこにあった。

「あァ…まさかこれほどのものとはな…」

「――剣士が一人に格闘家二人、射手に癒し手…戦士系が三人ってのはともかく術系が貧弱だよな。せめて魔術師が一人いれば…」

 かなりズレた湧の呟きを聞きとがめた醍醐が怪訝な顔をする。

「…さっきから何を言っとるんだ、お前は…?」

「ああ、気にすんな。ちょっとパーティーバランス考えてただけだ」

 更に疑問符を浮かべる醍醐。なんなんだ、それは…と訊きかけた所で小蒔が声をあげた。

「ねェ、こっちに道があるよッ!」





「――ワンダリングモンスター(彷徨える怪物)だッ!!」

「だから何を言っとるんだ、お前はッ!?」

「石動クンも醍醐クンもよそ見しないでよッ!」

「美里、防御頼むッ!」

「ええ、――体持たぬ聖霊の燃える盾よ、私達に守護を…ッ!」

 通路から広い洞窟に出るなり襲い掛かってきた異形の獣たちを、五人は一丸となって撃退した。

 そこまでは良かったのだが…、



「消えちまった…なんだったんだ、今の?」

 気がつくと、倒したはずの獣たちは跡形もなく消えていた。死骸があった場所には、代わりにいろいろな品物が転がっている。

「これは…昔の通貨か?」

「骨董屋にでも高く売れそうだな…おッ、木刀もあるぜ」

「こっちには弓と矢があるわ…」

「すっごーい、この食べ物、どこから出てきたんだろ?」

「これって篭手か…蓬莱寺、着け方わかる?」

 わいわいがやがや。

 戦利品を物色し終えた所で、ふと周りを見た小蒔が言った。

「あれ…ねェ、ボクたちどこから入って来たんだっけ…?」

「はァ?おいおいボケたか、小蒔?」

 こっちに決まって…と後ろを向いた京一がそのまま硬直する。

 通路があったはずのそこは、ただの岩壁になっていた。





「…つ、次で何階目だっけ?」

「最初に襲われた部屋を一階目として…五階目よ」

「ずっと下りばっかりじゃねェかよッ!?」

「醍醐クン、どうしよう…?」

「う、うーむ…」

 怪物と遭遇→撃退→お宝物色&出口の捜索→下り階段→次の部屋→再び怪物と遭遇。

 このルーチンを数回繰り返した彼らは、いいかげん疲れ果てていた。

「マッピングしなくていいのは助かるけどさ…ほんとに軍の施設か、ここ?」

「俺も親父から聞いただけでな…親父は軍人だった爺さんから聞いたらしいが」

 湧の疑問に答える醍醐も歯切れが悪い。

「あーッ、疲れたッ!俺はもう動かねェぞッ!!」

「ボクも…お腹すいたァ…」

 降りても降りても同じような洞窟にウンザリした京一と小蒔がその場に座り込む。

「…おー、そうだ。保存食持ってきたんだけど、食う?」

 リュックから水筒と食料を取り出した湧に四人が目を向ける。

「おッ、気が利くねェ…って缶詰ばっかじゃねェかッ」

「このさい何でもイイから、食べよッ」

「はははッ、まさか缶詰だけで缶切りを忘れた、なんてオチじゃないだろうな?」

「…………あ」

「あの…石動くん?」



 図星であった。

 ――――保存食…もとい缶詰各種、廃棄。





「――さて、こうしていても仕方ない」

 重い沈黙を破るように立ち上がって醍醐が言った。

「抜け道が見つからないとも限らんしな…みんな、そろそろ行くぞッ」

「「「「おー…」」」」

 拾ったパンやピザで腹ごしらえを済ませ、暫しの休息を取った一同は次の階段を降りる…元気良く、とはいかないが。

 幸い、ここまでは大した苦戦もしなかった。

 異形の獣といってもそれほど強くも数が多いわけでもなく、五人で力を合わせれば難なく乗り切れたのだ。

 …だからかもしれない。彼らは僅かながら油断していた。

 五階目の様子は明らかにそれまでとは違った。

 流れる溶岩の熱気と辺りにただよう刺激臭が一時彼らの注意力を奪い、お互いの距離が離れたその時。

「きゃああァァッ!?」「美里ッ!」「しまったッ!!」

 今までで最多数の魔物たちが、いきなり実体化したのである――――。



「――葵ッ!」「前に出るな、桜井ッ!」

 引き離された親友の元へ駆け寄ろうとする小蒔を醍醐が止めた。

 飛び掛ってきた鼬のような魔物――管狐――からとっさに小蒔を引き寄せて庇う。

「醍醐クンッ!?」「くッ…まだまだァッ!!」

 ふくらはぎに管狐を喰いつかせたまま、別の獣もろとも蹴り潰す。

 ジクリ、と毒による痛みが走るがそれを無視して醍醐は雄叫びをあげた。

「…どっからでもかかって来いッ!!」

 その言葉に引かれたわけではないだろうが、《雷氣》を纏った獣――雷獣――が群れを成して醍醐に襲い掛かった。



「――風よ…」

 美里の祈りとともに優しい《氣》を含んだ風が湧の身体を包み、傷を癒していく。

 しかし、湧はそれに対して礼を言うどころではなかった。

「ああッ、しつこいッ!鬱陶しいッ!!あっち行けェッ!!!」

 空中には大蝙蝠、地面には管狐が団体で美里を狙い、湧は彼女を護るので手一杯だった。

 醍醐ほどのパワーがなく、京一のような広範囲の《発剄》も使えない身としては、急所を狙って確実に一体一体仕留めるしかないのだが…何しろ数が多過ぎた。

 美里を庇いつつ四方八方からの同時攻撃を避けてなおかつ反撃するという無理難題を強いられた湧は、その場を動く事も出来ずにひたすら奮戦していた。



「――くそッ、チョコマカ動きやがってッ!」

 京一は低く毒づいた。

 敵は決して自分に捉えられない速度ではないし、集まっている所を《発剄》でまとめて斃す事も出来る。

 …但しそれは、相手に近づければの話である。

 眼前にいるのは風を操る獣、飯綱いづなの群れ。

 木刀の間合い外から風の刃で斬りつけられ、京一は反撃もろくに出来ずにいた。

 彼の使う《発剄》は振るった剣先から爆発的に《氣》を放出するため、広範囲を攻撃できるが…その反面、射程距離はそう長くない。

 一つだけ、こんな時に有効な技を知ってはいる――が、それは今までまともに成功した事のない難度の高い技で、ついでに言えば師匠の得意技の一つでもあった。

『――――てめェは落ち着きがねェからなァ…』

 厭味たっぷり、溜息混じりに嘆いてみせた師匠の姿が何故かくっきりと脳裏に浮かぶ。

(……畜生ッ、なんでこんな時に…)

 風が頬をかすめ、皮膚を切られた痛みと不快感に舌を打つ。

『――――むらっ気が多過ぎんだよ。だいたい、《氣》ってのはなァ…』

 朝から晩まで山に篭って修行三昧、馬鹿弟子だの赤猿だのとさんざ貶され罵倒され、終いには大喧嘩して飛び出したが…。

(…集中力がねェ、ってよく殴られたっけな…)

 慕っている、などとは口が裂けても言わないが、それでもあの強さは本物だったと断言できる。

 ――――憧れた、あの強さ…あの輝きに。

 すっ、と京一の身体から力みが抜けた。

 風の刃をまるで見えてでもいるかのように軽く躱すと、自然体で木刀を構える。

(――見てろよ、師匠……いや、神夷ッ!)

 傷の痛みも死への恐れも今はなく、京一はただ無心に己の《氣》を感じ取り、その流れを捉えた。

「――――剣掌…旋ィッ!!」

 剣先から撃ち出された《氣》は空中で収束すると、真空を伴うほどの強烈な旋風となって飯綱たちを打ち倒した。



「ぐああァァッ!!」「醍醐クン…醍醐クンッ!」

 雷獣たちは醍醐に向かって一斉に電撃を浴びせた。《硬気功》で防御しきれない攻撃に、醍醐がガクリと膝をつく。

(やだ…いやだよ、こんなの…)

 助けようにも小蒔の矢はことごとく電撃で打ち落とされてしまう。

 他の三人もそれぞれが敵に囲まれて身動きすら取れない。

 美里なら護りの《力》で助けられる。湧や京一なら触れなくとも《発剄》で雷獣を斃せるだろう。

 自分だけが、無力だ――弓矢が通じなければ、何も出来ない。

「うッ…おおォッ!!」

 その時、動けないかに見えた醍醐が《発剄》で雷獣の一匹を吹き飛ばした。

 激しい電撃に身体を痙攣させながらも歯を食いしばって立ち上がる。

 身体を包む闘氣が陽炎の如く揺らめき、浴びせられる紫電が彼の右足に集まっていく。

(…弱気になるな、ボクッ!)

 小蒔は自分を叱咤すると、再び弓を構えた。

(醍醐クンは諦めてない…ボクだってッ!)

 当たらないなら、当たるまで何度でも――――自分に出来るのはこれだけだから。

 開き直りに等しい決意だが、そこから生まれた集中力は小蒔の《力》を更に高めた。

「――いっけーッ!!」

 《氣》を帯びた矢が電撃を弾き散らしながら標的の腹を射抜く。

「せやああッ!!」

 間をおかずして放たれた醍醐の蹴りが、雷獣たちのそれを遥かに凌ぐ《雷氣》をもって群れの残りを一掃した。



「――やッ!!」

 脚に喰いつこうとした管狐を《龍星脚》で吹き飛ばした湧は、飛んでくる大蝙蝠を撃墜すべく《氣》を練り上げた――が。

(…二匹ッ!?)

 気づいたのは一瞬遅かった…手前の蝙蝠に隠れて死角になったのだ。このまま目の前の蝙蝠を斃しても、無防備な美里が襲われてしまう。

「――こなくそッ!!」

 湧は左手で放ちかけていた《氣》の弾に右の掌打をぶつけた。別方向のエネルギーで強引に《発剄》の軌道を変えようとしたのだ。

 二つの異なるベクトルを与えられた《氣弾》は高速で回転し、遠心力で通常の《発剄》を上回る衝撃波を撒き散らした。

「…え?」

 驚いたのは湧自身だった。今の一撃は蝙蝠どころか再び近づいていた管狐まで巻き込んで斃していた。

(えーと、今のは…?)

 さっきやった事を、今度は意識して繰り返してみる――波紋のように広がる衝撃波が管狐の群れをまとめて吹き飛ばした。



「――怪我してないか、美里?」

「あ、ありがとう…湧くん…」

「葵ッ、大丈夫ッ?」

「あーやれやれ、やっと終わったァッ!」

「どうやら、みんな無事のようだな…」

 各々が新たな技を会得した事で、戦況は一気にひっくり返った。

 残りの魔物を一掃し、出口を捜す湧たちだったが…。

「…………また下りだし…」





「あーッ、もうどっからでもかかってらっしゃいッ!!」

「一人で突っ込むな、石動ッ!」

「剣掌…旋旋旋ィッ!!」

「このッ、このこのこのォッ!!」

「京一くんも小蒔も落ち着いてッ!」

 彼らは怒涛の勢いで地下へ潜り続けた…快進撃、とも言えるがその実態はほとんどヤケである。

 六〜九階の魔物たちを一気に蹴散らして洞窟内の捜索を始めた五人は、そこでイヤな物を見つけてしまった。



「……缶詰…だな」

「そうだね…しかもこんなにたくさん」

「…こんな物まで出てくるのね」

「違うだろ、美里。…おいッ、石動ッ!こりゃあどーゆーコトだよッ!」

「……さて、ここで問題です。このどこか見覚えのある缶詰各種、いったい何故ここにあるのでしょう?

 1、 自力で移動した。

 2、 誰かが運んできた。

 3、 自然に湧いて出た。

 4、 考えたくないけど実はここは四階である。

 ――――さあ、君ならどれッ!?」

「「「冗談言ってる場合かッ!!」」」



「怪物たちが様変わりしてたから気づかなかったけどさ…よく見ると周りの地形にも、なんか見覚えあるんだよね…」

「よく分かるな、そんな事。俺にゃ似たような岩場にしか見えねェけどよ」

「そうすると…次の階段を下りたら溶岩の部屋に着くわけか?」

「でも、ボクたちずっと降りっぱなしだったじゃないかッ!?」

「…空間が歪んでいる、という事かしら…?」

 美里の言葉に一同は押し黙った。想像が当たっていたとすれば…かなり明るくない未来が彼らを待っている。

「……降りてみる?」

 湧が階段を指差し、彼らは顔を見合わせる。…どのみち、他に選択肢はないのだが。



 ――果たして、想像したくなかった光景がそこにはあった。



「――やだやだァッ、こっち来んなッ!!」

「桜井、退がれッ!…せやああッ!!」

 醍醐の蹴りが《雷氣》を帯びて女面蛇身の怪物――清姫――を撃つ。

「体持たぬ聖霊の燃える盾よ、守護をッ!」

 美里の《力》が清姫の鋭い牙を辛うじて弾いたが、衝撃までは殺しきれずに醍醐が大きく後退する。

「――破ァァッ!!」「剣掌…旋ッ!!」

 他の敵を片付けた二人が駆けつけざま技を振るった。

「…くッ!?コイツ、やたら頑丈だぜッ!」

 その巨体ゆえ攻撃は当たるものの、強靭な鱗としなやかな筋肉が衝撃の大半を受け流してしまったらしい。

 首を伸ばし噛み付こうとするのを素早く躱して、京一が舌打ちする。

「――京一ッ、醍醐ッ!花見の時の『あれ』使うぞッ!!」

 湧の言葉で二人の脳裏にあの記憶が鮮やかに甦る。妖刀・村正をも破壊した強大な《力》…。

「よっしゃあッ!!」

「だが…出来るのかッ?!」

 あの時の湧は明らかに普通とは違った。それゆえ醍醐は今も同じ事が出来るのか疑問を持ったのだが。

「やり方は憶えてる、早くッ!」

 湧はキッパリと断言した。《力》が昂揚感となって身体を駆け巡るのが判る。

「「「――唸れッ、王冠のチャクラッ!!」」」

 金色の爆発とともに、もう一つの意識が浮かび上がり湧のそれと重なった――――。



「斃したのはいいけどよ…結局どうやってここから出るんだ?」

「…ここから、出られる」

 え?と見ると、清姫の消滅した場所に湧が立っていた――いや。

「お前、その目…?」

 蒼い光こそ纏っていないものの、彼の右目は一昨日と同じく金色に染まっている。

「細かい話は後だ。早く来ないと、また五階分降りる羽目になるぞ」

 冷たく言い放つと、彼は虚空に手を伸ばし…そのまま吸い込まれるように消えてしまった。

「「「「…………」」」」

 残された四人は暫し顔を見合わせ、慌てて追いかけた。





 ――色彩と光の爆発。五感が情報を処理しきれない。内臓がでんぐり返るような感覚。

 拷問とも思える時間が過ぎた後、ようやく通常の感覚を取り戻した京一が最初に見たのは。

「…うふふふふ〜」「――&%$#@ッッ!?」

 どアップで微笑む魔界の愛の伝道師だった。



「あれー、ミサちゃんッ?」「うッ、裏密ッ!?どうしてここに…」「まあ…」

 京一に続いて残り三人が続々と現れる。そこは旧校舎の教室の一つだった。

「うふふふふ〜。自力で戻ってくるなんて〜、やるわね〜」

「いやあ、自力っつーかなんつーか…」

 頭をかいて笑う湧に京一が木刀を突きつけた。

「――そうだ、お前ッ!なんで出口を知ってたんだッ!?まさか…」

「ストップ」

 言い募る京一を手で遮り、湧は考えをまとめるように答える。

「ひとつ、俺はあそこについて何にも知らなかった。出口が判ったのは空間の歪みが『視えた』から。

 ふたつ、金色の眼の俺…『刹那』については、あれが俺の《力》らしいって事しか判らない。

 みっつ、『刹那』になってる時の俺は知らないはずの事を色々知ってたり見ただけで理解できるみたいだけど、今の俺には無理。

 よって残念ながら、みんなの疑問にはほとんど答えられない。…OK?」



 納得できた訳はなかったが、「みんなの《力》だってちゃんと説明なんか出来ないだろ?」と言われると返す言葉もない。

 仕方なく裏密に話を向けると、

「――うふふふふ〜。…封印の門はまやかしの迷路に遮られ〜、鍵揃わねば真の姿を見せる事はない〜」

 …わかったようなわからないような答えが返ってきた。

「時至りて審判者と監視者が出逢い〜、虚ろなる魂は満たされる〜。楽しみね〜、うふ〜…」

「あッ、ちょっとミサちゃんっ!?」

 小蒔が止めるのも構わず、裏密はすすぅっ、と滑るように教室を出て行った。

 よほど緊張していたのだろう、若干二名が大きく息を吐く。

「…ったくッ、相変わらず薄気味悪ィやつだぜ」

「…………」

「ミサちゃん…いったい何が言いたかったのかしら…?」

 首を傾げる美里の横で、湧は床の一点を見つめていた――まったく違う事を考えながら。

 …他の四人は気づいていない。

 埃まみれの床に残る足跡が“五人分”しかない事に。

 湧は顔を上げると、一人遠い目をして微笑んだ。

(……見なかったことにしよう)

 世の中には、知らない方が良い事もあるのだ…多分。



 ある意味、旧校舎よりも謎の存在――――霊研部長、裏密ミサ。

 京一や醍醐の気持ちが、ほんの少しだけ理解できた気がする湧であった。





 翌日――――真神学園、屋上にて。

「…で?結局地下五階より先には進めなかった。何の目的で作られたのかも、《力》や怪物たちとの関わりも一切判らない…そういうわけ?」

 杏子が苦虫を噛み潰したような顔で訊いた。

「あははは…ま、まあそうなるかな?」

 笑って誤魔化そうとする湧を杏子が睨みつける。

「あのねッ!そおぉんな半端な情報で記事にできるワケないでしょッ!!」

 結構期待してたのにッ!と騒ぐ彼女を醍醐が宥める。

「まあ、そう言うな。それより、もうこれ以上旧校舎には…」

 下手に関わろうとすれば命が危ない…そう考え、どうあっても止めるつもりだったのだが。

「――判ってるわ。アンタたちの話を聞いた限りじゃ、あたしの手には負えそうもないしね」

 拍子抜けするほどあっさりと、杏子はそう言った。

「アン子…ほんとに、いいの?」

「仕方ないわよ、命あっての物種ってね。…次の真神新聞には別のネタを使うわ」

 そのネタ集めに、またもや彼らの《力》を借りるつもりな事はおくびにも出さない杏子である。



「――そういえば石動君、いつのまにか京一のこと名前で呼んでるけど…」

 もうそんなに親しくなったわけ?と訊かれて、横にいた京一が胸を張った。

「へへッ、トーゼン!なんたって一緒に死線をくぐった仲…」

「…だって、呼びにくいだろ?」

 上機嫌の京一に当の湧本人が水をさした。

「蓬莱寺、なんて舌噛みそうな名前、いちいち呼ぶの面倒でさ。これからは単純に『京一』って呼ぶから」

 ――文句ないよな?

 硬直から脱した京一の反応は…言うまでもない。

 ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた二人に、他の面々が呆れた溜息をつく。

「まったく……仲が良いんだか悪いんだか」





「まったく……五月蝿うるさい奴らだ」

 給水塔の上で紫煙をくゆらす男のぼやきは、吹いてきた風にかき消され誰にも聴こえる事はなかった。



 魔人たちの集う学び舎――真神学園。

 心地良い風が吹き抜ける屋上で、彼らはとりあえず平和だった――――。







久遠刹那 異聞之参 了

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