【三、初戦】



 ――――放課後。3−Cの女生徒たちは、緊張のさなかにあった。

 美里葵…生徒会会議のため、不在。

 桜井小蒔…弓道部の練習中。

 蓬莱寺京一…六時間目の授業をエスケープ、そのまま戻らず。

 今日中ずっと彼女らの転校生へのアプローチを阻んでいた人物たちが、ここに至って誰も傍にいない…。

 実に、本日始まって以来のチャンスであった。

 独り自分の席で帰り支度を始めている美形転校生、石動湧。

 幸い今日一日の様子から、彼が意外に気さくな人柄であるらしい事は判っている。

 誰が最初に声をかけるか…少女たちの間で交わされる牽制の視線。

 ゴクリ、と女子の誰かが唾を飲み込む音が響く。

 湧の全く預かり知らない所で、熾烈な闘いは密やかに行われようとしていた。

「――……あの…」

 一人の勇気ある少女が漸く言葉を発しかけたその時――――。



「――石動君ッ!」

「…あれ、遠野さん?」

 学園名物、新聞部部長遠野杏子…最後のチャンスは、ここに儚くも崩れ去った。

 後には、真っ白に燃え尽きた3−C女子の突っ伏す姿があった。



「ねェねェ、ものは相談だけどさァ…一緒に帰らない?」

 もじもじ、と表面上は可愛らしく照れながら…しかしその実、湧は彼女の目に狡猾そうな光を見ていた。

 悪意という訳ではないが、好奇心と打算の入り混じったような――記者特有の表情。

 取材だろうな、と昼休みに会った時の会話から見当を付ける。となれば、どう対応するかだが……。



 ――訊かれて困る事は無い、と思う。

 あるとすれば此処に来た目的と自分に宿ったらしい《力》くらいのもの…だが、もちろん話すつもりは無いし、第一聞いた所で信じないだろう。

 転校の経緯についても鳴瀧が上手く隠蔽工作している…少なくとも素人記者ごときに見抜かれたりはしない筈だ。

 下手に避けたり隠し立てなどすれば、かえって余計な興味を引く。

 それくらいなら適当に付き合って深入りさせないのが目立たない為には最良…というのが、長い間人との付き合いを避ける上で培った湧の知恵である。

 そして、自分の目的を考えれば情報は絶対に必要だ。土地鑑の無い自分では、何か事件が起きたとしても現場まで辿り着けるかどうか怪しい。

 …実際、京一と初めて会った時もそれで道に迷っていたのだし。

 この辺りに詳しい協力者を確保しておくのは、悪い選択では無いだろう……。

 ――――結論。情報源は大切に。



「…喜んで」

 数秒ほど考えて、湧はにっこりと笑顔を作った。

 ヘンな事考えてるんじゃないでしょうね?と言いつつも希望が叶って喜ぶ杏子。

「色々インタビュ…じゃない、お話しながら帰りましょ?」

 この際うっかり口を滑らせかけるのもご愛嬌である。

 だが、その上機嫌も後ろからやって来た男子に押しのけられるまでの事だった。



「――転校生。ちょっと、面貸せや」

 威圧的にそう言ったのは、見るからに不良っぽい生徒…確か、佐久間と一緒にいた連中だ。

「ちょ、ちょっとッ!アンタたち、待ちなさいよッ」

 急に割り込まれて黙っていないのは杏子だ。

 文句あんのか、と睨みつける不良相手にきっぱりと言ってのける。

「文句あんのか?じゃないわよッ!アンタたち、石動君をどうするつもりッ!?」

 女一人と侮ったのか、不良たちはせせら笑った。

「ケッ、テメェみてェな新聞屋ブンヤに言うつもりはねェな」

「そうそう、おめェみてェな女は、男に尻尾だけ振ってりゃイイんだよ」

 普通の女生徒なら、不良たちにこんな事を言われれば大人しく引き下がったかもしれない。

 しかし遠野杏子は一味違った。彼女は真っ向から不良を睨みつけると、辛辣な口調で言い放つのである。

「フンッ。アンタたちこそ、その無駄にデカイ図体の使い道でも考えたら?今ならウチの部で、“荷物持ち”ぐらいになら雇ってあげてもいいわよッ」

 聞いていて小気味良いほどの舌鋒に、ひたすら感心する湧。

「なんだとォ…?」「…このアマァ」

 怒りに顔を歪ませる不良たちだったが、

「へェ〜、アンタたちにもプライドなんてモンあんの?」

 杏子は彼らの怒りなどどこ吹く風と受け流し、とどめの言葉を吐いた。

「言っとくけど…あたしの新聞部は、アンタたちみたいな能無しに売られた喧嘩なら、いつでも買ってやるわよッ。そうねェ…なんなら、真神新聞の一面トップを飾ってあげましょうか?」

 言われた不良たちの顔こそが見ものだった。…古来、男が口喧嘩で女に勝てたためしが無いのである。

「チッ…佐久間さんッ!!」

 堂に入った脅し文句にぐうの音も出なくなった彼らは、とうとう佐久間に泣きついた。



「…しょうがねェな、おめェらは…」

 のそり、と近づいて来る佐久間。近くにいたクラスメイトたちが、巻き添えを恐れて道を開ける。

「佐久間、アンタ…」

「遠野、少し黙ってろや…。俺は、コイツに用があんだ」

 眼光鋭く睨まれ、さしもの杏子も口をつぐむ。…彼女ですらこうなる所を見ると、なかなかの狂犬らしい。

 手下の不良とは格が違うようだが…単なる暴力屋か――それとも、《力》を持っているのか。

「へッ…石動とかいったな。ずいぶんと、女に囲まれて御満悦じゃねェか…」

 こちらに視線を向けられ、湧はいったん目を伏せた。怯えたものと思い嘲笑を浮かべる佐久間の顔を確認して、わざと聞こえるようにククッと嗤った。

 口元に冷笑を貼り付け、まっすぐに佐久間の眼を捉えて言い放つ。

「…いえいえ。佐久間クンこそ、なかなかのモテっぷりじゃないの?囲んでるのがムサい男どもってのがアレだけど…それとも、キミってそういう趣味?」

 手下を引き連れていることを強烈にあてこすってやると、佐久間の顔に青筋が浮いた。

「……てめェの、その面を柿みてェに潰してやる。さいわい、あの剣道バカはいねェし――俺たちだけでナシつけようじゃねェか」

「ダメよ、石動君。こいつは…」

 青くなって止める杏子に軽く肩を竦めて見せると、湧は気楽な調子で言った。

「そういう訳だから、今日はごめんね。それと、くれぐれも後をつけたりしないように」

 でないと、怪我しても知らないよ?そう言い残して佐久間たちと出て行く…後には、心配そうな杏子と不安にざわめくクラスメイトたちが残された。





 ――昔から、不良の溜まり場になる場所というのは決まっているものらしい。

 それは、基本的に普通の生徒なら必要な時以外寄り付かない場所…たとえば運動部系の部室、或いは格技場、校舎の裏手など。

 この学園においても例外ではなかったらしく、今彼らは人気の無い体育館裏に来ていた。



「石動…。てめェに、この学校の流儀ルールってヤツを教えてやる」

 教師などの邪魔が入らないよう、手下たちに周囲を見張らせた佐久間は、余裕からか嬲るような口調で言った。

「石動よォ、てめェもついてねェぜ。佐久間さんに目ェ付けられちまうなんてよ…」

「転校してきていきなり入院たァ、かわいそうになァ」

 アタマの悪そうな野次を飛ばす手下たちを冷たく一瞥すると、湧は口を開き――。



「――オイオイッ、ちょっと転校生をからかうにしちゃァ、度が過ぎてるぜ?」

 …頭上から降ってきた、今日一日で聞き慣れた声にそのまま固まった。

「てめェ、蓬莱寺…ッ」

 湧の頭上を見て憎々しげな声を上げる佐久間。

 傍らにあった桜の大木を見上げると、大振りの枝に寝そべった京一が、からかうような笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

「…ナニやってんの、お前?」

「昼寝。けどよォ…足元がこう煩くちゃ、どうにも眠れねェや。せっかく部活サボって来たってのに…」

 これ見よがしに欠伸などして見せる京一に、不良たちが色めき立つ。

「てめェ、転校生に味方すんのかよッ!?」

「さァね――」

 とぼけた表情で応える京一は雑魚の事など歯牙にもかけていない様子で、それがまた彼らの怒りを煽る。

 佐久間は京一を睨みつけると、獰猛な闘犬よろしく歯を剥き出した。

「蓬莱寺…。俺はなァ…てめェも、前から気に入らなかったんだよ。スかした面しやがって」

「奇遇だな、佐久間。――よッ、と」

 高い枝から身軽に飛び降りると、不敵な顔で応じた。

「実を言うと…俺も前からお前の不細工なツラが、気に入らなかったんだよ」

 息を呑む手下たち…そこに湧が追い討ちをかける。

「ほーらいじ…ダメじゃないか、そんな本当のこと言っちゃ。カワイソーだろ?」

 佐久間の顔が怒りにどす黒く染まっていく。

「てめェら…、無事に帰れると思うなよ…」

「ほら、怒らせた」と肩を竦める湧を京一が呆れた顔で見やった。

「お前…結構イイ性格してねーか?まァいいや、この場は俺が…」「――蓬莱寺」

 京一の言葉を遮り、湧が言い放つ。

「――紹介は、しないぞ」

 …………口を開けたまま不自然に固まった京一は、ぎこちなく首を動かして湧を見た。

「お前な…この状況で、言うに事欠いてソレか?」

 引き攣った顔で訊く京一に、極上の笑顔で応える。

「いやァ。タダほど高いものは無いって言うし?あ、もちろん感謝の気持ちは惜しまないけど」

 言っている間にも手下たちが二人を取り囲みつつあるのだが、舌戦は止まらない。

「……ありがとよ。じゃあ、せいぜい俺の後ろにピッタリくっついてるんだな。
金魚のフンみてェによ…『セキドウ』?」

 ――ピキッ。今度は湧が顔を引き攣らせる。

「…そっちこそ、
足手纏いにならないよーにな…木・刀・猿」

 ――ピキピキッ。顔を見合わせ、不穏な笑みを浮かべた二人の間に見えない火花が散った。



「「――舐めんじゃねェェッ!!」」

 完全に無視された不良の内、数人が一斉に襲いかかる――――が。

「ぐえッ!」「…げはァッ」

 目もくれずに振るわれた木刀と裏拳によって、あっさりと吹き飛ぶ。

「…今度、じっくり話し合おうや、転校生」「ああ…コイツら片付けてから、ゆっくりとな…」

 ゆらり、と顔を向けられた不良たちの間に、戦慄が走った――――。

「――それじゃあ…行くぜッ!!」



 風が、はしる――――。

 『神速の木刀使い』を名乗るのは伊達ではない…上段からの打ち込みに続き、翻って袈裟懸け――反応する間もない剣閃に次々と倒れる不良。

(――アイツ…はやい――)

 湧は内心舌を巻いていた。

 京一の闘いぶりは二日前にも見た筈だが、今日の動きはその上をいく。剣術の事はよく判らないが、少なくとも一介の高校生に出来る動きではない。

 不良たちの間を駆け抜けざま薙ぎ倒すその姿は、まさに疾風の如し――――。



 たゆたう水の如く、揺らめいて……。

 湧の動作は、決して速く見えるものではなかったろう…不良たちにしても、組みし易しと踏んだ優男はただ突っ立っているだけに見えた筈だ。

 …だが。四方から襲いかかった彼らは緩やかにすら見える掌打を躱す事が出来ず、自分たちに何が起きたか判らぬまま意識を彼岸に飛ばした。

(――なんて野郎だよ…――)

 合気とも空手とも違う…その洗練された技の冴えに、京一は見惚れた。

 相手の掴みかかってきた腕を跳ね上げ、その軌道に沿って掌底を打ち込む――言ってしまえばこれだけの動作だが、怖ろしく正確で無駄がない。

 最小限の挙動しかしていない為に傍からは殆ど動いていないように見えるが、京一でさえ湧の手妻を完全には見切れずにいた。

 緩急自在な舞いを思わせるその技は、まるで流水――――。



 ふと、二人の目が合う。闘いの最中、ほんの一瞬…。

(――なかなか――)(――やるじゃねェか――)

 同時に、笑みを浮かべた。互いにまだ様子見程度の力しか出してはいないのが判る。

 もっと相手の技を――全力で闘う姿を見てみたい…そう、思った。

「「――破ァァァッ!!」」

 二人の掛け声が唱和し、佐久間の手下たちは全員地に伏した。



「――見ての通り、残りは君一人だけど…どうする、佐久間クン?」

 信じられないといった表情の佐久間に、湧はからかうような声で問い掛ける。

 …実の所、不良たちには軽く脳震盪を起こして貰っただけで、誰にも大きな怪我はさせていないのだが。

 そもそも、リンチと判っていて彼らに付き合ったのは確認の為だ――即ち、莎草と『同類』か否か。

 もし誰かが何らかの《力》に目醒めているようなら、取り返しのつかなくなる前に手を打たなければならない。

 そのために、とりあえず敵意剥き出しだった佐久間に対して、さんざん挑発的な態度を取ってみたのだが……。

「――…うシャアァァァッ!!」

 激昂した佐久間は湧めがけて突っ込んできた。

(――あれ…?)

 力任せの攻撃を軽く捌きつつ、湧は首を傾げた――手ごたえが無さ過ぎる。



 ――佐久間猪三いぞうは確かに強かった。実際、その腕力と突進力から繰り出されるタックルで、多くの喧嘩相手を地に沈めてきた実績もある。

 だが、それはあくまで『一般的高校生』としては、の話である。

 もとより佐久間にとって喧嘩はただ自分の欲望を満たすための手段でしかなく、己の強さを磨くと言う考えは発想の外にあった――だからこそ、いつまでも『レスリング部のナンバー2』などという不本意な立場に甘んじているのだが。

 そのため、ただでさえ力に頼った闘い方しか知らない彼の攻撃は、この三ヶ月間本物の武道家たち相手に修練を積んだ湧から見るとパワーこそあれ、ひたすら闇雲で単調なものに映ったのである――――。



(――つまりコイツらって……単に喧嘩慣れしてるだけの…ど素人?)

 その証拠のように、莎草の時にはあれほど感じた右目の疼きは未だ欠片ほども現れない。

 湧は顔を顰めた…はっきり言ってこの程度の実力では彼の敵ではない――つまり、今の状況は『弱い者イジメ』でしかない事になる。

 これ以上は徒労でしかないと判断し、湧はさっさと決着を付けることにした。



(…畜生ォッ、何で当たらねェッ!?)

 目の上の瘤であるレスリング部主将や蓬莱寺ならばともかく、優男の転校生にまで軽くあしらわれて佐久間は完全に逆上していた。

 自分が唯一頼みとする暴力で負ける訳にはいかない…歪んだプライドが、彼に現実を見つめることを拒ませていた。

 ――と、不意に転校生の姿が目の前から消える。

「…悪いけど、飽きたよ」

 声がすぐ横から聴こえ…脇腹を襲った衝撃と激痛に、佐久間は肺の空気を全て吐き出す。

「――おやすみ」

 視界一杯に靴の踵が拡がり――次の瞬間、彼の体は大きく吹き飛んで体育館の壁に叩きつけられた。



 ヒュウッ、と京一が口笛を鳴らす。

「――結構やるじゃねェか、石動」「…今ごろ判ったか」

 嘯きつつも、湧の心中は苦いものだった…何しろ、成り行きとはいえ全くの――とは言えないかも知れないが――素人を叩きのめしたのだから。

(…焚実辺りに言ったら、絶対馬鹿にされるな…)

 あまりの情けなさに涙が出そうだ。思わず溜息をついた――――。





【四、予感】



「――くッ…て…てめェら…」

 佐久間が呻き声をあげ、身じろぎした。

 どうやら起き上がろうとしているようだが、さっきの今ではまだ無理と言うものだろう。

 さすがに見かねたのか、京一が声をかける。

「やめときな…もう、満足に動けやしねェんだろうが。これ以上は…」

「うるせェ…ぶっ…殺して…や…るッ」

 這い蹲りながらも憎悪に目をぎらつかせる佐久間…その視線は湧に向かっている。

「…石動、どうする?もともと絡まれたのはお前だけどよ…」

「…ん……」

 そう言われても、倒れている相手を痛めつける趣味など無い。

 どうしたものか決めあぐねていると――――。



「――そこまでだ、佐久間ッ」

 太い声に目を向ける…物陰から2メートル近くはあろうかという堂々たる体躯の男子生徒が現れた。

 その後ろには美里もいる。

醍醐だいご…ッ!!」

 佐久間が呻いた。その声には憎しみと、それを凌駕するほどの畏怖が篭る。

「そのくらいで止めとけ、佐久間…」

 醍醐と呼ばれた偉丈夫は、大股に歩み寄りながら静かな口調で諭す。

「う…うゥ……」

「もう止めて、佐久間くん…」

 怒りと屈辱に顔を歪める佐久間だったが、美里にまで懇願するように言われて僅かに怯んだ。

「…今やめれば、私刑リンチの事は目をつぶってやろう」

 重ねて諭す醍醐。悔しげに歯を軋らせて、佐久間は湧を睨みつける。

「――佐久間ッ!!」

 醍醐が一喝する。凄まじい威圧感――格の違いを思い知らされ、佐久間は頷くしかなかった。

 程なく意識を取り戻した手下たちに担がれながら、すごすごとその場を立ち去る…が、一瞬こちらに向けた視線からは、隠しようも無い憎悪が滲んでいた。



 まったく…と醍醐が息をつきながら京一を見る。

「――俺がいない時に、問題を起こしてくれるな」

「ふんッ。そういや、今日は姿が見えなかったな?」

 京一の問いに「トレーニングジムに篭りきりだった」と答える醍醐。

 格闘技オタクが…、と呆れ顔で言う京一の言葉に気を悪くした様子も無く、醍醐は朗らかに笑った。



「…よォッ、転校生…石動とかいったか。うちの部員が言いがかりを――」

「あれ〜ッ!?ケンカ、もう終わっちゃったの?」

 こちらを向いて話し掛ける醍醐の台詞に女生徒の声が被る。

 あからさまに落胆した様子で歩いてきたのは…小蒔だった。

「せっかく、見物に来たのになァ…」

「おう、遅いぜ野次馬ッ」

 残念がる小蒔に京一が茶々を入れる。大方杏子辺りから聞いたのだろうが、物好きなことだ。

「…お前らなあ」「小蒔ったら…」

 醍醐と美里が苦笑しながら窘める――雰囲気から察するに、この四人はかなり親しい友人同士らしい。

(――それにしても…)

 よくもこれだけ個性的な面々が集まったものだと思う。

 『類は友を呼ぶ』ってのは本当なんだな…と自分の事は棚上げで妙に納得した。

 ――――キィィイン――――

(――――…た…かった…――――)

 その時、不意に耳鳴りを感じた。すぐ傍で話している筈の彼らの声が、周りの音全てが急速に遠ざかる。

(――耳鳴り…じゃない?これは…ッ!?)

 右目が、熱い――三ヶ月前と同じ、あの感覚……。

(――――逢いたかった…とても……皆…――――)

(何で、こんな…今更……?)

 自分の意思とは無関係に湧き上がる、鮮烈なまでの『想い』――それは懐かしさ…愛しさ…そして……哀しみ…?

 湧は嗚咽を洩らしかけ、慌てて口を押さえた。

 涙に霞んだ視界の中で、醍醐が湧に向かって何か言いながら頭を下げる。

「…うちの部員が迷惑をかけたようで謝るよ……すまん」

「――――逢いたかったよ…」

 醍醐が驚いた表情で湧の顔を見る――――唐突に、世界に音が戻り……湧は我に返った。

「…………石動?」

「え?あ、いやえっと、その…」

 怪訝な顔で自分を見つめる醍醐に、湧はしどろもどろになった。

 何しろ潤んだ瞳に心もち掠れた声で『逢いたかった…』などと言ったのである――それも男に。

 いや、厳密には醍醐に言った訳ではなく勝手に言葉が漏れた時、目の前に彼が居ただけなのだが。

 …ちなみに、さっきまでの激情は綺麗さっぱり消え失せている。

(――いかん、このままでは『…妙なシュミ?』とか誤解されて世間様に後ろ指をッ!?)

「あ、逢い…アイ……あい判った!お主の気持ち、しかと受け取ったぞッ!!」

 …何ゆえ時代劇口調なのか。

 苦し紛れとは言え、無理のありすぎる台詞に言った本人が(心理的に)頭を抱える。

 ……だが。

「――はははッ、どこまで本気で言ってるのか判らんが…そう言ってもらえると助かるよ」

 そう言うと、醍醐は破顔した。…どうやらあれで誤魔化されてくれたらしい。

「俺は、醍醐雄矢ゆうや――お前と同じC組の生徒だ。レスリング部の部長をしている」

 よろしく、と差し出された手を握り返す。

「こっちこそ、よろしく。今日付けでクラスメートになった謎の転校生、石動湧だ」

 安堵のあまり口をついた阿呆な台詞に他の三人までが吹き出す。

「はははッ、面白い奴だな」

「…自分の事『謎の』なんて言うか、フツー?」

「石動クン、おっかしーの!」

「うふふッ…」

「――はっはっは(…悪かったなァ)」

 実はまんざら嘘でもないと知ったら、彼らはどうするだろうか?

 もっとも話すつもりなど全く無いが――今のところは。

「しかし…俺が駆けつけたからいいようなものの、君もあんまり粋がらない事だ」

「う。いや、それはあの……ごめん」

 素直に謝る。何しろ向こうから絡んできたとはいえ、思いっきり挑発したのは事実なのだから。

 と、横から京一が助け舟を出した。

「まァまァ、いいじゃねェか……にしても、よくここが分かったな?」

「あァ、それなんだが…美里に感謝するんだな。彼女が、真っ先に俺に知らせてくれたんだ」

 それは確かに感謝すべきかもしれない。もしも呼ばれたのが教師だったら、転校早々問題児扱いされてこの先やり難くなっただろうから。

「ありがと、美里さん」「あ…あの、私…」

 頬を染めた美里に、醍醐がからかうような声を投げる。

「あの慌て方は尋常じゃなかったぜ――石動くんが危ない、ってな」「へェ〜、葵がねェ〜」

 小蒔にまで意味ありげな目で見られ、美里の顔が真っ赤になった。

「…もうッ、醍醐くん、小蒔ッ!」

「はははははッ…まァ、要らぬ心配だったみたいだな。――それにしても、凄い技だな。昔、古武道で似たような技を見た事があるが…」

 興味深げにこちらを見る醍醐――と、言う事は…かなり早くから見ていたのだろうか?

「醍醐……お前も手合わせしてみるか?」

「さあ…な」

 京一の言葉をはぐらかす…が、真っ直ぐにこちらを捉えるその瞳には――湧はニコリ、と笑みを返した。

「…まァ、いずれにせよ、よく来たな。わが真神――いや…もう一つの呼び名を教えておいた方がいいかな」

 ふと、醍醐の顔が――笑っていた京一さえも――真剣なものになる。彼は重々しい声で続けた。

「誰が言い出したかは知らんが…いつの頃からか、この真神学園がくえんはこう呼ばれている――」

 一陣の風が、砂埃を巻き上げる。



 ――――魔人学園……とな。



 その何処か禍々しい名前に宿る本当の意味を、湧が悟るのはまだ先の事である――――。







久遠刹那 第壱話 了

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